仮初め後宮妃と秘された皇子

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「え、別物なんですか?」 「はい。全然違います。」  春蘭の深いため息を目の前に、凜風はすっと目線を逸らす。  穏やかな天気が続く昼下がり、春蘭と凜風は春蘭の部屋で顔を突き合わせていた。青々とした葉っぱが大量に入った器から春蘭は一つひとつ手に取り確認していく。 「ほら。葉脈の形状がまったく異なるでしょう」 「そんな細かいところまで見ていられませんよ」  二枚の葉を突きつけられ、凜風は苦々しく答えた。  腫れ物に効くとされる薬草を指定され集めてきたのだが、どうやら違うものも混ざっていたらしい。 「似ていても処方する薬草を少しでも間違えたら、大惨事が怒りますよ」 「……気をつけます」  言い訳せずに非を認め、凜風は頭を下げた、春蘭の言い分はもっともだ。ましてや主である珠倫のためなのだから、些細なミスも許されない。  春蘭の去ったあと、自分ひとりで珠倫を支えていけるのかと今更ながら不安になる。そのとき不意に頭に温もりを感じた。 「凜風のそういう素直なところはとてもいいと思います。伸びる人間に一番必要なのは謙虚と素直さですから」  思ったよりも優しい表情に、凜風は反射的に手を払いのける。 「な、なんで急に触ったりするんですか!?」  驚きで早口で捲し立ててしまい、すぐに後悔する。 「それは失礼しました」  しかし春蘭は手を引っ込め平然と返してきた。言い知れない空気に妙な沈黙が下りる。  嫌な気持ちがあったわけではない。けれど、あっさり受け入れることもできなかった。  なにか切り出そうとした瞬間、集めていた葉の束がかすかに動いた。そちらに注目していたら、隙間からなにかが覗く。 「きゃあ!」  気づけば凜風は叫び声を上げ、目の前の春蘭にしがみついていた。葉の入っていた器がひっくり返り中身が散る。 「凜風?」  怪訝そうに尋ねられ、凜風は白状する。 「わ、私、蜘蛛が苦手なんです!」  葉の間から出てきたのは、小さな黒い蜘蛛だった。毒もなければそこまで奇抜な姿でもない。  なにがきっかけだったのかは思い出せないが、物心がついた頃から凜風は苦手だった。嫌いというよりは恐怖の方に近い。克服しようにも、どうにもならなかった。  頭上からため息が聞こえ、凜風は肩を震わせる。これくらいで、と言われるのを覚悟していると、春蘭はさっと凜風から離れ、蜘蛛のついた葉を取り窓の方へ歩いていった。  さっと窓の外へ払うと、凜風の方へ戻ってくる。 「大丈夫ですよ。もういません」  散らばった葉を片づけながら告げられ、凜風も慌てて手伝う。  「……怒らないんですか?」 「苦手なものは誰にでもある」  おそるおそる尋ねたら、端的な返事があった。それが意外で、凜風はなんとなく聞いてみる。 「春蘭の苦手なものってなんですか?」 「さぁ?」  しかしあっけらかんとした返事があり、緊張していた気持ちが緩む。  一通り器に葉を戻し、凜風は春蘭を仰ぎ見た。 「あと少しですけど……私の前では春嵐でかまいませんよ。取り繕わなくてかまいません」  春蘭の口調が気づけば春嵐のものになっていた。苦手なものがあるのを受け入れてもらったお礼をとまではいかなくても、少しでもなにか返したいと自然と思えたのだ。  真剣な面持ちの凜風に春蘭は微笑む。 「気遣い感謝するよ」  別れるのが決まってから、春蘭との距離がこんなふうに縮まるとは思わなかった。
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