幼馴染の想い

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「隣に座ってもいい?」 「はい」 「ありがとう。私、高科涼子。よろしく」 「三波、佐由子です」 「そう、サユちゃん。可愛いわね」 「……」 「私、サッカー部のマネージャーをしているんだけど、サユちゃんはサッカーに興味があるの?」 「サッカーの事は、よく分かりません」 「だけど毎日のように、校庭の高台からサッカーを眺めているよ」 「私が見ているのは、その向こうで練習をしているテニス部です」 「そうなんだ。私はてっきり、サッカー部員を見ていたんだと思ったけど」 「誤解です」 「ふーん、テニスに興味があるんだ。私がテニス部に紹介してあげようか?」 「大丈夫です」 「そう。どちらかと言えば、サユちゃんは体育会系よりも、文化会系の方が似合っていると思うけどな。体を動かすよりは、頭を働かすほう。何か知的でいいよね」 「体育会系も頭を使いますけど。どこの部活動に入るのか、まだ検討中です」 「それじゃあ、サッカー部のマネージャーをやってみる?」 「考えておきます」 「サユちゃんみたいに、可愛い子がサッカー部のマネージャーをやってくれたら、入部してくれる男子生徒が増えるかもしれないよ。そう言っている私は外見はまあまあだけど、明るさと元気が取り柄だからね」 “パチ、パチ、パチ” 「ナイス、シュート。サユちゃん、かっこよかったね」 「……」 「私ね、あのシュートを打った修一とは、幼馴染なんだよね。家がお隣さんで、物心付いた時からずーっと兄弟のように過ごしてきたんだ。ちょうど生まれてきた病院も同じだし、同じ保育園と小学校、同い年だから同じクラスでいつも一緒。だからね、ここだけの話するね。修一はサッカー部のキャプテンを務めていて、サッカーに対しては人一倍好きだし、誰よりも努力をしてきたの。頭の中にサッカーボールが詰まっているんじゃないかと思うくらい、サッカー一筋で来ているの。だから、周囲には頼りにされる、尊敬される先輩のように見えるんだけどね」 「……」 「だけど、いったん家に帰ると、もうだらしないのよ。服は脱ぎっぱなしだし、部屋は散らかり放題で掃除しないし、サッカー用具やサッカーの雑誌で、足の踏み場もないくらいなの。だから、学校に居る時の修一を見て、憧れては駄目なの。もし、付き合いでもしたら、すぐに幻滅しちゃうから」 「何が言いたいんですか?」 「人は見た目で判断してはいけないって事。特に、盲目な眼差しで異性を見ている時ね。人の外見、内面、そして裏表が分かった上で決めないとね」 「高科先輩は、付き合っているんですか?」 「えっ?」 「だから、高科先輩は河合先輩と付き合っているんですか?」 「それは、お隣さんだし、幼馴染だし。子供の頃は一緒にお風呂に入ったり、同じ布団の中で寝たりしていた仲だから。言葉に出さなくても、相手が思っている事やして欲しい事が分かる、一心同体といった相思相愛の仲なのよ」 「答えになっていません」 「あれね。いつも一緒に居すぎて、お互いが空気のような存在。いつも隣に居て当たり前な関係。今もサッカー部のキャプテンとマネージャーという関係だし」 「幼馴染から進んでいません」 「毎年、手作りのバレンタインチョコレートをあげてるし、年末年始は同じ屋根の下で過ごしているし、初詣も家族ぐるみで出掛けているし……」 「近所同士のお付き合いです」 「何と言っても将来、修一はサッカー選手になって、私がそれをサポートするの。明るい未来予想図が出来上がっているの。だから、サユちゃんが間に割って入る隙なんてどこにもないの、分かった?」 「何で黙っているの? 何か言いなさいよ」 「……」 「そんな目で見ないでよ、人を哀れむような顔で」 「重いです。その高科先輩の一途な想いは、河合先輩にとって重くないですか? そんな将来が既に決まっているなんて」 「修一と私は、今までずーっと一緒に居たの。これからもずっとずーっと一緒に居ると運命付けられているの」 「それは、河合先輩も承知している事ですか?」 「保育園児の時に、将来を誓い合ったのよ。この先も一緒に居ようねって」 「高科先輩は、幼い頃の思い出を大切にする方なんですね。河合先輩が同じように、その約束事を今も覚えていると思いますか?」 「私との約束だから、絶対覚えているわよ。そして、現在がんばっているわ」 「その大昔の約束を、今の河合先輩に直接確認した事はありますか?」 「……それは、ないわよ。だって、お互いに分かっている事だもの」 「高科先輩はおとぎ話に登場するお姫様、夢見る少女さんですね」 「何が言いたいのよ、サユちゃん」 「幼児時代の約束事は、多感な成長期の過程において、記憶の中からしだいに薄れていき、消えてなくなるもの。それが永久に誓った約束事でも、次々と味わう新鮮な体験の下、新しい記憶に取って代わるのです。それは、河合先輩でも同じ事です」 「だからと言って、修一と私の関係は変わらないわよ」 「そうです、今のままの状態。お隣さんで、幼馴染で、同級生で、サッカー部のキャプテンとマネージャーの関係のままです」 「……」 「高科先輩は河合先輩の事を異性として意識していますが、河合先輩の方はどうでしょうか? 河合先輩にとって高科先輩は、ただのお隣さんで、幼馴染で、同級生で、サッカー部のマネージャーです。高科先輩の片思いで、全てが終わっています」 「そんな事はないわよ」 「話を最初に戻しますが、高科先輩は河合先輩と付き合っているんですか?」 「お互いが相思相愛の関係だから、あえて正式に公言する事もないわ」 「高科先輩の勘違い、思い違い、片思いっていう事もありますよね」 「そんな事はないわ。それに、修一がサユちゃんを好きになる事なんてないの。だって、修一は体育会系の、活発で明るく元気な娘が好きだから」 「高科先輩は、私の事を知らないでしょう。私は山登りやサイクリングも好きだし、アクションドラマも好きだし、どちらかと言うと、アウトドア派なんです。それに私は、おしゃれ好きだし、やりたい事一杯の趣味を持っています。異性に対しても、大いに関心があります」 「……」 “ピッ、ピッ、ピッー” 「練習試合が終わったようだから、私行くね。サユちゃんも早く帰った方がいいよ、すぐに暗くなっちゃうから」 「分かりました。忠告ありがとうございます」 「そう」 「私からも、一言いいですか?」 「何?」 「高科先輩は臆病なんですね。今の河合先輩との関係を壊したくないんですね」 「……」 「それでは、これで失礼します」 「そうね、さようなら」 「はい」 「修一、お疲れ様」 「ああ、疲れたよ。俺はこのまま帰るから、早く着替えて来いよ」 「また、ジャージのままで帰るの? まあ、いいけどさ」 「どうせ家に帰ったら、シャワーを浴びるんだからいいんだよ。制服に着替えるなんて、面倒臭いし」 「正門から歩いて五分で帰宅できるんだから、どうでもいいわね」 「お前もジャージのままで帰ればいいのに。早くて、楽だぞ」 「私は制服に着替えて来るの。修一は私が戻ってくるまで、ここで待っていなさい」 「了解」 「じゃあ、行って来るね」 「あーい」 “服装とか髪型とか見た目に、もうちょっと気をつかってくれればいいのに。でもそれじゃあ、修一がもててしまうから、いけないよね。修一を好きになるのは、私だけでいいし。大好きな修一、私だけの修一……サユちゃん、そのまま帰ってくれたかなぁ?” 「河合先輩、ちょっといいですか? 先輩、好きです。私と付き合ってください」 “その言葉は、私が現在、過去、未来、修一に言えずにいる想い。やっぱり私は、幼馴染で臆病者” 完
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