大智

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 夕飯の食卓はぎこちない笑顔で遣り過ごした。 「おやすみなさい」 「おやすみ」  明穂は隣で寝息をたてる吉高の面差しに大智を重ねた。同じ顔、同じ声、もしかしたら大智も女性に対して不埒なのだろうかと一抹の不安が残った。 (そんな事ない)  意味の無い心配事を掻き消し寝返りを打ったその時、夕方に届いた宅配便の段ボール箱の事を思い出した。開封した時はその中身に気が動転し慌てて物置に押し込んだが配達伝票は貼られていただろうか。明朝、吉高が出勤してからでも確認すれば良いのだが段ボール箱が気になって眠れず目が冴えてきた。 (どうしよう)  明穂は音を立てない様に身を起こすとカーテンから漏れる月明かりの薄暗がりの中、手探りで階段の手摺りに掴まった。 ギシ ギシ ギシ  いつもより鮮明に聞こえる階段の軋む音、緊張で耳の中が充血し脈打った。フローリングの冷たさに足裏が安堵し、常夜灯を頼りに物置へと向かった。扉を開けるとセンサーが反応してダウンライトが点いた。腕を伸ばし段ボール箱の角を掴んだ。引き摺り出す。 (ーーーー!)  明穂の懸念は当たった。段ボール箱に配達伝票など貼られていなかった。あの配達員は宅配業者では無かった。自然と行き着く先は紗央里しか居なかった。腹を掻っ捌いた猫のぬいぐるみを明穂に手渡したのは夫の浮気相手、いや肉体関係がある不倫相手の女性だった。 (住所を知られていた、名前も)  紗央里が吉高の跡を尾行したのかもしれない。馬鹿げた話だが情事の後に気が緩んだ弾みで吉高が自宅の話しをしたのかもしれない。どちらにせよ(いわ)れの無い恐怖が足元から這い上がった。
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