大智

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 気不味い雰囲気に耐えかねた大智は「新婚旅行に行こう」と(おど)けて見せたが苦笑いの明穂の眉毛は情けなく垂れ、薄い唇が歪み始めた。堪えようのない感情が目頭を熱くし、頬を一筋の涙が伝った。 「明穂、大丈夫か」 「だいじょ、うぶ」 「大丈夫じゃないだろう」  大智の目の前で涙を流している女性は幼い頃の明穂となんら変わりは無かった。それは何処に行くにも大智と吉高の後を付いて来た小学生の明穂であり、中学校に上がった気恥ずかしさから少しばかり距離を感じた明穂でもあった。そして熱い口付けを交わして恋人となった明穂。 「ーーー明穂」  大智は小松空港のターミナルで「行かないで!」と(すが)り付いた明穂の腕を振り払った3年前を後悔した。大智は吉高に比べなんの取り柄も無い自身を奮い立たせる為に渡航したが当初は当て所も無くヨーロッパを転々とした。そんな折、吉高が医師免許を取得したと知り弁護士になる事を決意した。 (こんな顔をさせる為に俺は明穂から離れたのか?) 「ーーー大智、ごめん」 (いや、そうじゃねぇだろ!) 「なにが」 「泣いたりしてごめん」 「なに言ってんだよ!」  大智は明穂を抱き締めた。その瞬間、明穂は嗚咽を漏らしスーツの背中にしがみ付いた。 「明穂、辛かったな」 「ゔ、ゔん」 「我慢したんだな」 「ゔん」 「泣いて良いんだぞ、泣け」 「ゔ、ゔゔゔ」 「泣けよ、俺が居るから!もう大丈夫だから!」 「ゔああぁぁあん」 「もっと泣け!」  大智は耳を(つんざ)く明穂の慟哭(どうこく)を全身で受け止め強くきつく抱き締めた。明穂はこれまでの苦しみや悔しさを大智に預けて泣き続けた。
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