大智

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 時計の針がどれ位の時間を刻んだろうか、抱き締めあった2人に日差しが降り注いだ。気が付くと明穂の右手が忙しなく動きなにかを探していた。 「これか?」 「あ、それ、見ないで。あっち向いてて」  明穂は手渡されたティッシュの箱を抱えると思い切り鼻水をかんでゴミ箱に投げ入れた。それはあっという間に山盛りになり明穂の右頬には弁護士バッジの痕が付いた。 「すんげぇ、びしょ濡れ」 「ご、ごめん。クリーニング代」 「良いよそんなもん」  明穂はテーブルの汗をかいたグラスに目を遣り「炭酸が抜けちゃったね、取り替えるよ」と立ち上がろうとした。大智はその手首を握り動きを止めると床に座らせた。 「ど、どうしたの」 「明穂」 「うん」  大智は大きく息を吸った。 「俺と結婚する気はあるか?」 「なに、突然。そんな事出来ーーる」 「吉高と続けたいのか?」 「吉高さんと」 「吉高ともう一度やり直すつもりなのか?」  明穂の心の中で離婚のふた文字は決まっていたが、今すぐ此処で頷く事は(はばか)れた。 「離婚しようか如何か悩んでる」 「迷ってんのか」 「ーーーーーー」 「じゃあ、決まったらおばさんに頼んで此処に連絡して」  大智は名刺を取り出すとテーブルの上に置いた。 佐倉法律事務所 弁護士 仙石 大智 「これはーーー名刺?」 「そ」 「本当に弁護士さんなのね」 「それまだ言うのかよ」 「だって、校舎裏で煙草吸ってたって」 「あーーー若気の至り、それで格好良いと思ってたんだよ」 「だっさ」 「だせぇよな」  お互いに顔を見合わせて失笑した。明穂が心から笑ったのは何ヵ月振りだろうか、新鮮な空気を吸い込んだ様な気がした。 「じゃあ俺行くわ」 「もう行っちゃうの?」 「実家(いえ)行く前におまえの顔、見に来たから」 「そうなんだ」 「おう、吉高の居ない時間に来て正解だったな」 「ーーーーあ、タクシーは」 「表通りにでりやバンバン走ってるだろ」  明穂は時間が止まれば良いと思った。 「なに、寂しそうな顔すんなよグラッと来るだろ」 「グラッ?」 「おまえの事抱きしめてキスのひとつもしたいんだよ」 「ばっつ、馬鹿」 「馬鹿じゃねぇよ、離婚届提出したら速攻チュー♡な」 「ーーーーー」 「じゃあな」  革靴の音が遠ざかり、明穂はその背中が四つ角を曲がるまで見送った。 (大智と、結婚する)  兄の吉高と離婚して弟の大智と結婚する。仙石の義父母は如何思うだろうか。そして実家の母親は呆れ顔をし、父親は腰を抜かすに違い無かった。 (でも、幸せになりたい)  明穂は大智の名刺をリビングチェストの引き出しに片付けた。
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