デジタルカメラ

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 田辺明穂は仙石家の双子の兄である吉高をと呼び、弟の大智はと呼び捨てにした。年齢を重ねるごとに四角四面で過保護な吉高とは距離感が生じていた。 「明穂ちゃん、何処でも勝手に行っちゃ駄目だよ」 「如何して駄目なの」 「何処に行っているのか心配だよ」 「何処って、学校に行ったり公園に寄ったりするだけよ」 「公園に変な人がいたらどうするの」  吉高は幼い頃から明穂の行動範囲を把握しようとした。明穂可愛さ故の言動だと頭では理解出来たがそれは水に沈められる様な窒息感を覚えた。 (ーーーーふぅ)  大智は日々繰り返す2人の遣り取りを見て呆れ失笑した。 「吉高は心配しすぎ、明穂も(放っておいて!)とか言えば良いのに」 「でもそんな事言えないし」 「明穂にそんな事言われたらあいつ立ち直れないだろうな」 「そうだよね」  然し乍ら大智も年頃を迎えた明穂の身の回りを気遣った。良い案を思い付いた大智はお年玉と小遣いをかき集めてデジタルカメラを購入し明穂の手に握らせた。 「なにこれ、四角くて小さい、それに冷たい」 「デジタルカメラ」 「カメラなら携帯電話に付いているよ」 「これは明穂の目、その日何処に行ったか何を見たのか俺も知りたい」 「私の、目」  明穂はデジタルカメラの電源の入れ方を教わった。大智の熱く火照った指先が明穂の手を握ると互いに息遣いを感じた。 「これを押して」 「赤いボタン」  ボタンを押すと反応があり微かな起動音がした。 「これで毎日同じ男が写っていたら俺が警察に突き出してやる」 「突き出すなんて」 「明穂を狙った変質者かもしれないだろ」 「ーーーーあ、それは困る」  大智は明穂を背中から抱き締め呟いた。 「明穂がなにを見ているのか知りたい」 「じゃあ記念すべき1枚目」 パシャ 「な、なんだよ!」 「大地が一番よ、凄く恥ずかしそうな顔、顔も真っ赤」 「やめろよ」  そこへ明穂の母親が顔を出した。 「あら、デジカメ、大智くんの?」 「ううん、貰ったの」 「貰った!ええ!?大智くん大丈夫なの!」 「中古だから大丈夫」  けれど開封した箱には折れや擦れもなくデジタルカメラには傷一つ無かった。傾きかけた夕日に明穂の母親は笑みを溢した。 「畑のトマトがデジカメになるなんて驚き、明穂、良かったわね」 「うん、大智ありがとう」 「止めてくれよ恥ずかしいから」 「毎日、を写真に撮るね」 「楽しみにしてるよ」  それから明穂の学生服のブレザーのポケットには膨らみが出来た。心地良い重みが明穂に笑顔をもたらした。教室の風景、話し掛けて来る級友、毎日の弁当、登下校時に、散歩中の小型犬の鳴き声に「写真、撮っても良いですか」「どうぞ」とその道すがらに会話も増えた。 「今日はなにを見たの」 「可愛い犬が居てね」 「可愛い?顔が垂れてるじゃん」 「フレンチブルドッグなの?」 「そうそう、それそれ」 「だからツルツルした身体だったのね」  明穂は大智にもたれ掛かりながらデジタルカメラに収められたその日を振り返った。毎日が楽しかった。
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