明穂

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(あぁ)  寝室の扉は僅かに開いていた。 (あぁ、やっぱり)  明穂は(ひざ)から崩れて行きそうな感覚に捕らわれた。(ひじ)が落ち着かず手首が小刻みに震えた。薄暗い部屋のカーテンの隙間から伸びる夕暮れに2人の姿が浮かび上がった。 「あっ、あっ」  荒い息遣いに熱気が篭る寝室。吉高はベッドに脚を投げ出し豊かな乳房に手を伸ばしていた。紗央里は吉高の下半身に跨り激しく腰を上下させている。明穂は自宅で繰り広げられる痴態に顔を背けた。然し乍らこれは決定的な不倫の証拠になる。 (見つかってもいいわ!)  意を決し(わき)に力を込めてデジタルカメラの撮影ボタンを押した。 「ああっ」 「んっ!んっ!」  絶頂が近い2人はデジタルカメラのシャッター音にも気付かず腰を振り続けた。俯き加減の紗央里の表情は見えないが、仰向けになり性行為に無我夢中の吉高の顔はSDカードの中に収められた筈だ。 ぎしっぎしっぎしっ 「ああっ」 「さお、紗央里!」 「あっ、あっ、あっ」  激しく軋むベッドのスプリング音、2人の汗の臭いに絡み付くチャンス オー ヴィーヴ に吐き気を催した。胃から込み上げる悲しさや憎しみ、(おぞ)ましさを堪えて階段を降りた。 「ああっつ!ああっ!」 「で、出る!」 「出して!出して!ああ!」  明穂はサンダルに足を入れようとしたが足首が震えて上手く履けなかった。(らち)が明かずサンダルを手に持ち素足で玄関ポーチを飛び出し慌てて玄関扉を施錠した。 (早く、早く此処から!早く!)  タクシー乗務員は運転席のシートを倒し一休みしていた。後部座席の窓を小刻みに叩くとその音に気付きドアがゆっくりと開いた。 「お客さん、大丈夫ですか、顔色悪いですよ」 「あ、ありがとう、早く、早く行って下さい」 「あ、はぁ」 「早く!」  明穂の手には辛い現実だけが残った。
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