明穂

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 ビールとメロンを平らげ水腹になった大智はデジタルカメラを手に明穂の部屋で大の字になって寝転んでいた。仙石家の軒先で風鈴の(ぜつ)が涼やかな音でクルクルと回った。 リーリー リーリー 「大丈夫?お腹壊さない?」 「そんときゃそん時だよ」  鈴虫やコオロギの鳴き声を聴きながら明穂が撮り溜めたデジタルカメラの画像をコマ送りしていた大智は感嘆の声を挙げた。 「おまえこんな所まで出掛けるのか」 「うん、結構遠くまで1人で歩いて行ける様になったの」 「県立美術館か、久々に行ってみるかな」 「行ってみて、建て直した部分もあるから」  大智は眉間に皺を寄せた。 「馬鹿か、おまえも一緒に行くんだよ。美術館の中にケーキ屋あるだろ」 「あ、あるね」 「デートだデート」 「人妻とデートは弁護士さんとしていかがなものでしょうか」 「幼馴染が並んで歩くぐらいなんでもねぇよ」  そこで大智はおもむろに起き上がりその画面を凝視した。 「吉高」  眼鏡を外した大智の顔色が変わった。 「この画像はいつ撮ったんだ」 「今日の夕方」 「何処で、まさか」 「うん、私の家の寝室で」 「マジか」 「うん」 「なにやってくれてんだよ」  大智は後ろに撫で付けた髪を掻きむしると胡座(あぐら)をかいて数枚の淫らな画像をズームアップして見た。 「間違いない吉高だ」 「大丈夫?写真ボケてない?」 「何枚かは使える、女の顔は分かんねぇが吉高の顔は分かる」 「そう、なら良かった」  大智はその大きな手で明穂の頭を撫でた。 「頑張ったな」 「証拠として使えそう?」 「使える。おまえ、目が見えなくて良かったよ」 「どうして」 「こんなには見た事がねぇ」  SDカードに記録された画像は結合した陰部が鮮明に映る言い逃れの出来ない不倫現場の証拠写真だった。あとはこの吉高の下半身に跨り喘いでいる女の正体を突き止めるだけだった。 (これが、これが俺の実の兄貴かよ)  大智はこの争い事の大凡(おおよそ)の青写真は既に思い描いていた。今回は身内の不祥事という事もあり明穂への慰謝料は家庭裁判所ではなく公証役場の公正証書で請求、ただし吉高とこの女にはそれなりの制裁を与えると決めていた。 「どうしたの、怖い顔して」 「もう一度聞く、真剣に答えろ」 「う、うん」 「おまえ、俺と結婚しろ」 「しろ、しろって命令形なの!?」 「どうなんだよ、するのか、しねぇのか」 「ーーーえっと」 「吉高とは離婚で良いんだな」 「うん」 「俺と結婚で良いんだな」 「うんって、ず、ずるい!」  明穂の顔は真っ赤に色付いた。 「よし、決まりだな!婚約指輪は1.5ct(カラット)くらいで良いか!」 「ちょ、ちょっと」 「結婚式は鞍月(くらつき)の教会で決まりだな!」 「そ、それは」 「100日間の再婚禁止期間か」  大智は手のひらを広げると指折り数えた。 「くそ面倒だな」 「あの」  携帯電話を取り出すとカレンダーアプリを立ち上げた。 「クリスマスイブに挙式な!」 「い、イブ」 「さっさと片つけて教会の予約だな」  吉高への復讐劇に前のめり気味の大智、取り残された感が否めない明穂だったがその横顔は頼もしく心強かった。 「吉高、落とし前はきっちり付けて貰うからな!」 「が、頑張って!」 「おう!」
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