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大智は不倫の証拠となるSDカードをスーツの胸ポケットに仕舞うと「明日、新しいカードを持って来るから待ってろよ!」と言い残して階段を下りて行った。
「ご馳走さんでした」
「また来てね」
「明日も来るわ」
「あ、そう。お素麺で良い?」
「卵宜しく、細っそくて薄っすいの」
「はいはいはい」
そんな遣り取りが階下から聞こえて来た。ふと笑みが溢れ、それが壁に立て掛けた姿見に映った。明穂の面差しは柔らかな輪郭をしていた。
(大智が居てくれてーーー良かった)
そして当然の事だが吉高から「泊まるのか」「いつまで実家に居るんだ」そんな電話は無かった。もしかしたら紗央里があの家の台所で自分のエプロンを身に付けて素麺を茹でているのかもしれないと思うと身の毛がよだった。
(もう2度とあの家では暮らさない)
吉高との暮らしがほんの数ヶ月の不倫で音を立てて崩れてしまった。世間では浮気は男の甲斐性と堪える女性もいると大智は言った。けれど妻を実家に追い遣り愛人を自宅に招き入れるなど言語道断。この先、子どもを授かり里帰りしようものなら好き放題するに違いなかった。
(紗央里と別れても吉高さんは同じ事を繰り返す、そんな気がする)
明穂は深呼吸をして夜の空気を吸い込んだ。すると仙石家の中が何やら賑やかしい、義父母と大智が言い争っているようにも聞こえた。
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