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忌々しい我が家に到着する頃には大智も明穂も汗だくになっていた。
「日本って道路の向き反対なのな」
「なに当たり前の事言ってるのよ」
「死ぬかと思った」
「もう2度と大智の運転する車には乗らないわ」
「お、おう。これからは公共交通機関だな」
「なにそれ」
「タクシー」
「金持ちね」
「まぁまぁな」
チャリン
「ーーーーー」
大智に手を引かれ玄関ポーチに立った明穂の指先は震えた。一昨日まで住んでいた場所が明穂を拒否して居るかの様な錯覚に陥った。
「おまえ、真っ青だぞ。鍵貸せ」
「う、うん」
「家入ったら必要なもん掻き集めろ、車に積むから」
「洋服は、2階か?」
「うん」
その作業はまるで夜逃げ、明穂は吉高と紗央里に屈服したかの様で悔しさを感じた。案の定、台所の鍋や皿の位置が変わっていた。干してあった吉高の洗濯物は折り目正しく畳まれソファの上に置かれている。
(ーーーなに、なにこれ)
明穂の洗濯物は無造作に床に放置されていた。この屈辱、涙が滲んだ。
(泣いたら負け)
明穂は目尻を拭うとリビングのチェストから障害者手帳や保険証書、実印や銀行通帳を鞄に詰めた。部屋を見回すと結婚式で微笑む2人のフォトフレームが目に留まった。明穂は無言で立ち上がるとそれを手に取り大きく振りかぶって床に叩き付けた。なにかが割れた音に大智が2階から駆け下りるとガラスの破片の中に無表情の明穂が佇んでいた。
「おいっ!おまえなにしてんだよ!」
「幸せになれると思ったの」
「動くな!」
「幸せだと思っていたの」
「動くなって!」
パリパリとガラスの破片を踏んだ明穂の足裏には血が滲んだ。大智は靴を履いて明穂に駆け寄るとその身体を抱き上げた。
「幸せだと思っていたの」
大智は明穂を抱き上げたままソファに腰を下ろした。明穂はその胸にしがみ付くと嗚咽を漏らした。大智の指先は戸惑ったがそれは明穂の背中に回され思い切り抱き締めた。
「これから俺が幸せにしてやるから」
「ーーーーー」
「泣くな、あんな奴の為に泣くな」
「うん」
「泣いたら負けだ、泣くな」
静かな時間に明穂の慟哭が響いた。
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