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翌日、大智は髪を後ろに撫で付け背広を羽織ると弁護士バッジを光らせながら革靴を履いて出掛けた。その背中は逞しく5年前の大智とは違うのだと明穂は再確認した。
「行ってらっしゃい」
「おう、行ってくるわ!」
「なによ」
「良いな、これ」
「なにが」
「新婚夫婦みたいじゃん」
「しーーーーっ!お母さんたちに聞かれたら如何するの!」
「如何もしねぇよ」
「もうっ!」
微笑ましいひととき。
大智を笑顔で見送った明穂はデジタルカメラを首から下げると白杖を手に玄関の扉を閉めた。白杖で足元の点字ブロックを辿り横断歩道を渡っていつもの散歩道を歩いた。自宅から程近い児童公園には子どもの笑い声が響いていた。
(あ、ウグイス)
明穂は鳥の囀りや公園のブランコの揺れる音に向けてシャッターを切った。
(今日は鳩が居ないのね)
いつもは樹の下の木製ベンチの周りには何羽かの鳩が喉を鳴らしているが今朝はその気配が無い。不思議に思いシャッターを切っていると砂利を踏む音が近付き明穂は背後を振り返った。
カシャ
その瞬間、明穂の視界が宙を見上げ青い空が広がった。天と地が真っ逆さまになり後頭部が地響きを感じ鼻腔に振動が届いた。何故こうなってしまったのか理解出来ないで居ると周囲が騒がしくなった。「大丈夫ですか!」「捕まえて!」「大丈夫ですか!」起きあがろうとするとそれは制止されやがて救急車のサイレンが近付いて来た。
(私)
明穂はようやく自分が転んだのだと理解した。遠のく意識の中、救急隊員の聞き取りで通り掛かりの女性に押されて倒れたのだと知った。
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