女の影

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 明穂は暗い世界に居た。ひとりきりで明かりが灯る方へと幾度となく手を伸ばしたが板に貼り付いた身体は前に進む事は無かった。身動きが出来ず藻搔(もが)いていると深い滝壺が現れ身を乗り出したが飛び込む事も叶わなかった。 大丈夫  誰かが耳元で(ささや)いた。 大丈夫  暗がりにぽっと明かりが点き顔を上げると何処かで見た様な若い男性が明穂を見下ろしていた。「あぁ、こんな顔をしていたのね」そんな自分の声が頭の中で響いた時、暗い世界がめりめりと音を立てて明るくなった。涙が溢れた。 「大智」 「明穂、明穂!起きたぞ、看護婦!医者を呼べ!医者!」  らしく無く慌てふためいた様子の大智が廊下に走り出ると大声で叫んだ。その声に弾かれた様に目を真っ赤に腫らした母親と不安げな父親が明穂を見下ろした。 「あぁ、明穂、良かった!良かった!」 「私、如何したの」 「公園で転んでずっと起きなくて、もう駄目かと、良かった」 「転んだの」 「そうよ、転んだの」 「誰かに押されたんじゃなくて?」  両親は黙り込んだ。公園で遊んでいた子ども連れの母親たちは皆、長い髪の女が明穂にぶつかったと口を揃えた。ただそれが意図的なものか偶発的なものかは定かでは無いらしい。 「明穂、これが紗央里、佐藤紗央里だ」  大智は明穂の目の前にデジタルカメラを差し出し液晶モニターを見せた。そこには木製ベンチに長い黒髪の女性が座り画面をコマ送りする度にその面差しは明穂へと近付いて来た。それは無表情で宅配便業者を装った女性に酷似していた。 「佐藤さんというの」  最後の画面には青い空と明穂を見下ろす紗央里が写っていた。 「これは明穂に対する傷害罪の証拠になるかもしれない」 「傷害罪」 「そうだ」  明穂が倒れ込んだ場所は芝生が敷き詰められていた。あと10cmでコンクリートの遊歩道だったと言う。その頃大智は金沢市内24箇所のレンタカー店舗を回っていた。ただ、軽自動車を扱う店舗は少なく数店舗目で佐藤紗央里に辿り着いた。 「佐藤紗央里の住所も分かったぞ、材木町(ざいもくちょう)だ」 「病院から近いのね」 「それに面白い事も分かった」 「面白い事」 「まぁそれは後のお楽しみ」  明穂は白い天井を見て周囲を見渡した。 「此処は何処?」 「金沢大学病院」 「吉高さんの病院に運ばれたのね」  そこで母親が明穂の手を握った。
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