女の影

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 明穂はMRI検査、CTスキャン検査と立て続けに検査を受け疲弊(ひへい)しきっていた。白い天井を眺めていると母親が手を握り「お医者さまの説明を受けて来るからね」と席を外した。 (大智、どうしたかな)  寝返りを打つと暫くして(かかと)を引き()る聞き覚えのある足音が近付いて来た。明穂の心臓は締め付けられこめかみの血管が脈打った。病室の引き戸を開ける音、ベッドを囲うカーテンがゆっくりと捲られた。 「明穂、大丈夫か」 「ーーーー!」  吉高だった。ここ2日ので明穂が怪我で救急搬送された事や入院している事を知らなかったと言った。いつもの有りもしない学会の言い訳に明穂はどれだけ自分が軽んじられているのかと悲しくなった。明穂は窓に顔を向けたまま吉高を見遣る事は無い。 「明穂、実家はどうだ元気だったか」 (そんな事、思ってもいないくせに) 「いつ帰って来るんだ」 (紗央里さんが居る家に帰ると思ってるの?) 「どうした、傷痛むのか」  明穂は肩肘を突くと半身起き上がり吉高を睨み付けた。そこには明穂が見た事のない顔が薄ら笑いで立っていた。 「なにしに来たの」 「なにって見舞いだよ」 「妻が救急車で運ばれたら家族に連絡がいくんじゃないの!」 「ごめん、携帯電話の電源が入っていなかったんだ」 「お医者さまなのに!」 「仕事とプライベートは分けたいんだ」 「今までそんな事なかったじゃない!」  吉高は明穂へと手を伸ばすとその肩に触れた。 「やめて!」 「どうしたんだよ」 「触らないで!」  明穂は枕を握ると吉高に投げ付けた。ただそれは吉高を(かす)めただけで呆気なく床に落ちた。 「なに怒ってるんだよ」 「なにってーーーー!」  そこで明穂は大智にきつく言われた事を思い出した。「吉高が来ても不倫の事は話すな、絶対だぞ」明穂は罵詈雑言を吐きたいところをグッと飲み込んだ。 「あき、ほ」  頃合い悪く母親が扉を開け表情を凍り付かせた。 「お母さん!駄目!」 「あ、うん」 「お義母さんお久しぶりです」 「ご無沙汰してます」 「明穂がお世話になり申し訳ありません」  吉高は平然とした振る舞いで軽く会釈をした。 「い、いいえ、明穂が居ると家の中が明るくて」 「そうですか」  やはり気不味いのだろうか、吉高は母親の目を見る事なく踵を返した。 「それではまた」 「お仕事、頑張って下さいね」 「はい、お邪魔しました」  病室の引き戸が閉まり母親が振り向くと明穂は唇を噛み涙を流していた。 「明穂」 「お母さん、ごめんね」 「なんで明穂が謝るの」 「私の目が見えたらこんな事にはならなかったかも」 「そんな事ないわよ」 「だって、目が見えない奥さんなんてつまらないでしょう?」  母親は明穂の手を握りながら涙声で語り掛けた。 「明穂の目が見えなくても心配してくれる人がいるでしょ?」 「大智の事?」 「大智くんはずっと明穂の事を考えてくれているじゃない」 「うん」  病室の廊下には幾つかの証拠をかき集めて来た大智が明穂と母親の遣り取りに傍耳を立てていた。 「中学生の時、デジタルカメラを買ってくれたでしょ?」 「うん」 「大智くんと一緒に同じ景色を見たんでしょ?」 「うん」 「大智くんがいるじゃない」 「うん」 「大丈夫よ」 「うん」  大智は吉高の心無い仕打ちに激しい怒りを覚え拳を強く握った。
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