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「あ、ごめん、一枚貰うよ」
「先生、それクリーニング前のですけど」
「良いのいいの、すぐに脱ぐから」
大智は病院専属のクリーニング会社の収集ワゴンから1枚の白衣を拝借した。いつもの銀縁眼鏡は胸ポケットに入れ、トイレの鏡で身なりを整えると髪型はややラフな感じで散らした。ポケットに手を突っ込み病院内の案内表示板を見ていると何人かの看護師が会釈をした。
仙石吉高医師に見えるらしい。
エレベーターで5階まで上ると降りてすぐ右側にナースステーションがあった。気付いた看護師がやはり「千石先生、如何したんですか」と身を乗り出した。大智はカウンターに寄り掛かって尋ねた。
「ねぇ、紗央里ちゃん居ない?」
「紗央里、佐藤さんの事ですか?」
「そ、紗央里と約束してたんだけど居ないんだよ」
看護師たちは怪訝な顔で「佐藤さんならいつもこの時間はカルテ保管庫の整理をしていますが」と答えた。
「あ、そう」
「先生も行かれるんですか」
「ちょっと野暮用」
大智が背後でひらひらと手を振ると看護師たちの囁きが聞こえて来た。
(ーーーやっぱり佐藤さんと)
(そうだと思ってた)
(いつも一緒に出て来るもんね)
好都合な事に吉高は職場でも迂闊な行動で不倫行為を匂わせていたのだ。
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