女の影

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 一か八かだった。施錠されていればそこで計画はお流れだ。 (開いてるじゃねぇか、どんだけ間抜けなんだよ)  事を急いたのかたまたま施錠し忘れたのか鍵は開いていた。大智はカルテ保管庫と書かれた鉄の扉のドアノブを音を立てずに回しゆっくりと開いた。逆光にそっと扉を閉めると周囲の空気がふわりと動き明穂が使っている柑橘系の匂いがした。 (ーーーーいるな)  整然と並ぶスチール棚。暗がりに目が慣れるとスチール棚の奥にテーブルと人影が浮かび上がった。ガタガタと音が響き荒い息遣いが聞こえた。 (どんだけヤリてぇんだよ)  大智は忍足でテーブルの真横のスチール棚に身を隠した。カルテと棚の隙間にデジタルカメラを置いて録画機能のボタンを押す。少しずつ角度を変え吉高と紗央里の顔が見える様に位置を調節した。後は行為が終わるのを待つだけだ。 (最低だろ)  実の兄の喘ぎ声を聞くなど誰が想像しただろう。しかも大智はとんでも無い事を耳にしてしまった。 「さお、紗央里、中に出して良いのか」 「あっ」 「赤ん坊が出来たんだろう」 「先生っあっ、いい」 「良いんだな、出すぞ」 「出して、中に出して!」 (ーーーー嘘だろ)  不倫行為で愛人を妊娠させていた。しかも懲りずにそれ(中出し)を続けている。妊娠は愛人の虚言かもしれない。それすらも判別付かない程に吉高は堕ちていた。 (父ちゃん、母ちゃん、ごめん)  この事を公にすれば仙石家にも何らかの損害が生じる。それでもこのまま捨て置く事は出来なかった。 「ああっつ!吉高さん!」  遂に紗央里が吉高の名前を口にした。これで吉高と紗央里が職場で不適切な行為を行なっていた決定的な証拠が掴めた。 「ううっ!」  手痛い場面を録画されているとも知らずに吉高は紗央里の中に性液を放ち腰を震わせた。大智はその場面から目を逸らしデジタルカメラを回収すると足音を立てずにカルテ保管庫を後にした。そして白衣を脱ぎ捨てると眼鏡を掛けエスカレーターを下りた。  これで全てのカードが揃った。
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