有罪宣告

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 タクシーの後部座席に腰掛けた吉高の膝は落ち着かなく震えその動きを止めようと両手で必死に押さえたが今度は(かかと)が忙しなく上下し始めた。 「お客さん、顔色が悪いですが大丈夫ですか」 「は、はい」 「車、停めましょうか」 「大丈夫です」 「はぁ」  酷く具合が悪そうな吉高の様子にフロントミラー越しのタクシー乗務員が声を掛けた。乗客の具合が悪くなり車内で嘔吐されようものならそこで運行停止、その日の営業が滞るので()ったまったものではない。 「大丈夫、です」 「はぁ」 「運転手さん、その和菓子屋の角を左に曲がって下さい」 「はい」  辰巳は間違う事なく仙石家への道順を的確に指示した。見慣れた景色がフロントガラスに広がり吉高は気分が悪くなった。 「う、運転手さん停めて下さい!」 「は、はい!」  不快感に耐えかねた吉高は叫んだ。タクシーは急停車し身体が前後した。 「うげっつ」  後部座席から飛び出した吉高は側溝に前屈みになり嘔吐した。込み上がる胃液に喉が焼き付き胃が咽頭から飛び出しそうだった。 「うげっつ、うげっつ!」  その姿を冷ややかな目で見下ろした辰巳は運転手に2,000円手渡すと「釣りは要らない、領収証だけ下さい」とタクシーから降りた。 (大概、不倫する男なんてこの程度のものだ)  陽炎(かげろう)が揺れる日差しに油蝉(あぶらぜみ)が賑やかしい。辰巳は和菓子屋まで戻ると自動販売機で水を買いアスファルトの道路にしゃがみ込んだ吉高に手渡した。 「気分が良くなったら行きましょう、ご実家はもうすぐですよ」  真っ青な横顔は項垂れた。
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