有罪宣告

9/13

613人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
(僕のプレゼンテーションが始まる頃だ)  吉高は腕時計の針に目を落としながら絶望感に襲われた。不倫の証拠が明からさまになった今、この頃合いで大智が医学発表会の壇上でなにをプレゼンテーションをするかなど想像に容易(たやす)かった。 (既読にならない)  紗央里に送信した おはよう♡ のメッセージも既読にならない。多分に紗央里の自宅にも弁護士が訪ねたのだろう。吉高は辰巳の目を盗んで紗央里とのLINEトーク画面を全て削除した。 「仙石さま、そろそろお時間です」 「は、はい」  明穂の実家が近付いて来た。白い壁、通りに面した窓ガラスは閉め切られ人の気配がない。とは明穂や義父母も集まっているのかもしれない。その不安げな表情を察した辰巳は悪戯心でその背中を奈落の底寸前まで突き落とした。 「ご心配の様ですね」 「なにがですか」 「お相手の方のご自宅には島崎という弁護士が伺っております」 (ーーーやっぱり) 「佐藤教授はご立腹の様でしたよ」 「え、きょう」 「ご存知なかったのですか、佐藤紗央里さまは佐藤一郎教授のお嬢さまですよ」 「佐藤教授」 「おや、ご存知なかった?」 「そんな事は一言も」  吉高の口元は歪み歯の噛み合わせがガタガタと音を立てた。 「たったひとりのお嬢さまだとか、さぞ可愛がっておられた事でしょうね」 「まさか、そんな」  大智のプレゼンテーションの内容が如何かを心配する以前に、自身は犯してはならない禁忌に足を踏み入れていた。大学教授のひとり娘と不倫、金沢大学病院での地位も名誉もその存在すら風前の灯だ。 「さぁ、ご自身で開けて下さい」 「は、はい」  吉高は久しぶりに訪れた実家の前に立ち、その引き戸に指を掛けた。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

613人が本棚に入れています
本棚に追加