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そして吉高は明穂の五感を軽んじていた。弱視という事で物の色や輪郭は判別出来たが人の表情は見えないと思い込み、また聴覚や嗅覚が健常者よりも優れている事を理解していなかった。
そこで大胆不敵にもリビングで紗央里と卑猥なLINEの遣り取りをした。それは日を追う毎にエスカレートし玄関先や庭に出てLINE通話で会話を交わす様になった。
(また、紗央里さん)
吉高が紗央里と情事に耽った日の表情は締まりが無かった。そして側を通り過ぎる瞬間に匂う薔薇の香。その後リビングで遣り取りするLINEスタンプは赤やピンクが多くそれはハートマークを連想させた。
「何処に行くの?」
「あ、ちょっと仕事の電話」
「そう」
吉高の微かな愛の言葉を明穂の聴覚は明瞭に聞き取った。
(・・・おり、そんな事言うなよ)
(ーーーーーー)
(あい・・・てるよ)
その甘ったるい声に気分が悪くなった明穂は2階へと駆け上がった。数分後、縁側の引き戸が閉まる音が聞こえた。
「おーい、明穂、寝たのか!」
愛人との通話がひと段落ついた吉高が階下から明穂の名前を呼んだ。
「は、はい」
怖気が走った。
「如何したの、具合でも悪いの!」
「頭痛がして、ごめんなさい」
「そうか、おやすみ!夕飯は温めて食べるよ!」
すると今度はポコン、ポコンとラインメッセージの遣り取りが始まった。
(如何したら良いの)
実家の母親に相談しようかとも考えたが田辺家と仙石家は明穂が生まれる前からの長い付き合いがある。明穂と吉高が住まうこの新居も両家が金銭を出し合って建てた様な物だ。その両家に軋轢が生じる事は出来るだけ避けたかった。
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