2(犯行ケース2)

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2(犯行ケース2)

 横浜市内ではまだ新参者のミックスバー『マレフィセント』は、会員制度もなく同性を好む男性はもちろん、いわゆるノンケや女性客にとっても間口の広いことで、ここ最近人気のある店だった。  週末の金曜日ともなれば、出会いを求めに来る者、ただ酒を楽しみたい者など様々な客で賑わいを見せている。  一人で訪れても積極的にアプローチをするか、若しくは相手から声をかけられるのを気長に待ってみる。うまくいけば寂しい夜を過ごさず、目眩く一夜を堪能できるかもしれない。  そんな人間が大半の中、カウンターの隅で一人、自分の手のひらをジッと見つめる男がいた。  男はロックグラスの内側を滑る丸氷を指で撫でたあと、程よく冷えたウィスキーを一口含んだ。  喉を通過する僅かな心地よさを堪能し、グラスをコースターへ戻そうのした時、着地を邪魔する、柔らかな感触に触れる。それが隣から差し伸ばされてきた、誰かの手の甲だと認識すると、男はその手の持ち主の方へと顔を向けてみた。 「やあ、お兄さん一人? それとも待ち合わせ?」  軽いノリで話しかけてきたのは店の常連なのか、慣れた様子で男の隣へと腰を下ろしてきた。  常連らしき男をチラリと一瞥し、再びグラスへと視線を戻した。 「ねえ、ねえ。歳は? ここへは初めてなの? あ、俺、アキってんだ。三十になったばっか。お兄さん、かっこいいよね。名前教えてよ」  アキと言う男は馴れ馴れしく声をかけてくると、無邪気に肩を組んできた。  男が何も言わないことをいい事に、アキは今夜の獲物を捕らえたように自身の体を密着させ、きめ細かい肌をした男の頬を嬉しそうに人差し指でなぞってくる。 「無口だね。でも俺おしゃべりな奴は苦手なんだ。それにきれいな顔の子が好みでね、だから、お兄さんはビンゴ!」  一人で勝手に盛り上がるアキを、素知らぬ顔でやり過ごす男は、隣の存在を気にも留めず、グラスの氷を指でくるくると回していた。 「いやぁ、マジ唆るわ。その薄い唇に気の強そうな黒い瞳。この束ねてる髪もいいよな、ほどいた瞬間がたまらないよね。な、マジでこれからどう? 俺どっちも出来るしさ」  物色するよう男の髪に触りながら、アキの頭の中は既にベッドの上で喘ぎ声を上げる男の姿を想像しているのだろう。その証拠に息は荒くなり、目が血走っている。エロさをアピールしているつもりなのか、舌を自身の唇に這わせ、上下の唇をテカテカと光らせていた。 「——そんなにヤリたいの」  男が囁くように言うと、それがまたアキを興奮させたのか、男の下半身に手を滑らせてこようとする。それを男はやおらに払い除けた。 「……ヤリたい。ヤらせてくれる? 俺上手いよ」 「へー、上手いんだ」 男はアキの視線に絡ませながら、冷嘲して見せた。 「お兄さんとヤレるなら、金払ってもいいよ。それくらいヤリたい」 「ふーん」 「それ飲み終わったら店出ようよ——って、そうだ名前。お兄さんの名前教えてくれよ」  男は少しだけ顎を上げると、天井から吊るされている、円錐形のペンダントライトを数秒見つめてからアキを流し目で見た。 「——シュウ」    吐息混じりに名前を伝えると、触れていなくてもアキの体温が上昇したのがわかる。 「シュウね。歳は——ってまあいっか。俺とタメくらいっしょ。それ、俺が奢るよ。先に会計済ましとくから、飲んだらすぐ店を出よう」  弾んだ声で言ったかと思うと、アキがカウンターを離れ、ウェイターに声をかけて清算を済ませている。  男──シュウは、その様子を横目で見ながら、我慢できずに、ククっと笑い声を漏らした。 「馬鹿な男。脳みその中、精液まみれなんじゃねーのか」  シュウは頭の中でシナリオを描くと、これから起こる、いや起こそうとしている事象を書き込んだ。  時には変わった趣向、その変化が気持ちいい。  シュウはグラスの中で小さくなった丸氷を指先で弾くと、弄ぶように指先で何度も何度も転がしていた。  
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