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「千乃、今日幡仲教授の講義って中止だろ。また刑事が来てたって噂になってるな」  中庭のベンチで本を読んでいた千乃の側へ、メロンパンを頬張りながら悠介が近付いて来た。 「らしいね……。みんなあれこれ言ってるけど。講義中止も急に決まったみたいだし。でも、先生に何があったんだろうな……」 「こうも警察が頻繁に大学に来るのって、何か事件にでも先生が絡んでるんじゃないのか」 「事件! そんな、幡仲先生に限ってないよ。きっと……」 「だよな……」 「……きっと何かの勘違いだ」  今日も幡仲の元へ来たのは藤永と伏見だった。  來田が嫌疑をかけられている事件のことで来たのだと、嫌でも千乃は分かってしまう。  藤永の気持ちを知り、自分の気持ちも自覚した日に、二人は特別な関係になった。だからと言って、捜査のことをあれこれ聞く気はない。  尊敬する教授のことだから知りたいとは思うけれど、立場を利用して藤永に聞くことは出来ない。    ——きっと捜査内容は、一般市民には話さないだろうしな。俺にも……。   「——にしても、何も分からないまま講義だけが中止になるのもなあ。千乃も予定が立てれないだろ」 「だね。今日は五限があるから帰るに帰れなくて」 「あーそれいっちゃんダルいよな。スパッと午後からなくなれば遊びにでも行くか、バイトにいけるものをなあー」 「でもま、眞秀に借りてた本読むのが捗るよ。これ、あいつに早く返えせそうだ」 「相変わらず仲良いな、親友君と。俺、ちょっと妬いちゃうわ」  あっという間にメロンパンを平らげた悠介が、わざと拗ねた口調で本を覗き込んでくる。 「……悠介は俺の親友じゃないのか」  本を閉じると、千乃は大袈裟に悲しむ素振りを見せた。 「え、あれ? 俺も親友——か。いや、そっか俺も親友……」  漢字二文字の言葉に特別な意味を感じ、本気で照れ臭そうにする悠介を見て、千乃は肩を揺すって笑った。 「悠介ってかわいいやつ。最高だな」 「おまっ! 俺をからかって楽しむなっ」 「アッハハ、ごめん、ごめん。悠介は四限あるんだろ」 「ああ、お陰様でなっ」  まだ少しふてくされる親友の頬に、千乃はさっき買っておいた缶コーヒーをそっと押し付けてみた。 「熱っ——くない……。おー、温ったかーい。何、くれんの?」 「うん、やる。それ飲んで四限がんばれ」 「おーさんきゅう。やっぱ持つべきものは親友だな」 「ブフッ。現金なやつ」 「当たり前だ。俺は簡単にモノで釣られる人間なのだ」  選挙カーから手を振る政治家みたいな素振りで手を振りながら去って行く親友を尻目に、千乃は複雑な感情を胸中に敷き詰めていた。  來田の件にイヴの死。そこに尊敬する教授もこの事件に関わっているのかもしれない。そして事件を捜査するのが、大好きで、大切な人。  様々な感情が直面して、カレイドスコープのように混ざって重なり、模様を変えていく。  不安が心を重くさせ、でもその反面、藤永への心配も絶えない。  未だ解決してない事件が、ようやく手にしかけた幸せを消し去ろうとしているように影が忍び寄るのを感じた。
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