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見合いの当日はエーリヒが同行するので、流石にリーゼロッテの化粧も髪型も普通に施された。彼女は、ご機嫌なエーリヒに連れられて見合いの席が設けられた高級レストランに向かった。双方とも口を挟ませないように夫人は連れてこない事になっていたので、フラウケが同行しなかったのにはリーゼロッテは救われた。
リーゼロッテとエーリヒがレストランに到着した時、見合い相手のアントンとその父パトリックはまだ来ていなかった。普通なら、女性側を待たせる事はないので、エーリヒは、馬鹿にされたような気がして徐々に機嫌が悪くなり、眉間に皺を寄せて脚をガタガタと貧乏ゆすりを始めた。だがアントン親子がレストランの個室に現れると、途端に貼り付けたような笑顔で出迎えた。
「ファベック伯爵、お待たせしましたかな?」
「いえいえ、マンダーシャイド伯爵、私達も今来たばかりです。こちらが私の長女リーゼロッテです――リーゼロッテ、ご挨拶しなさい」
「ファベック伯爵が長女、リーゼロッテでございます……」
マンダーシャイド伯爵は、にこやかな振りをしながらもその目は笑っておらず、威圧感がすごい。それに対して息子のアントンは、秀麗な顔こそ似ているが、優しそうに微笑んでいる。その笑顔の下にどんな思惑が隠されているのか、家の中で下働きだけしてきた世間知らずなリーゼロッテには読み取れるべくもない。
リーゼロッテは、堂々と貴族然としたマンダーシャイド伯爵父子に気後れして彼らの顔をまともに見れず、尻すぼみの挨拶は蚊の鳴くような声でやっと聞こえる有様だった。エーリヒはそんな娘の態度が不満で彼女の足をテーブルの下で突いた。彼は暑くもないのに額の汗をハンカチでひたすら拭き始めた。
「リーゼロッテ! 顔を上げなさい――申し訳ありません、うちの娘は何分、おしとやかで……」
リーゼロッテは父親に言われて初めて顔を上げて目の前の見合い相手アントンを見た。釣書の写真を見せてもらってなかったので、思ったよりもずっとハンサムなアントンが自分の見合い相手なのが信じられなく、リーゼロッテは顔が熱くなってきた。
リーゼロッテが恥ずかしくなって再び視線を下に向ける直前、アントンは彼女と視線を合わせ、ふわりと微笑んだ。リーゼロッテはそんな優しい微笑みを亡き母以外から贈られた事がなく、嬉しくなった。
見合いの席では、エーリヒが娘そっちのけで終始ベラベラ話していた。そのくせ、エーリヒはリーゼロッテがアントンに話しかけないと叱り、彼女は終始ビクビクしていた。それまでにアントンが見合いで会った気の強い令嬢達と全く違い、リーゼロッテはひたすら父親の顔色をうかがって唯唯諾諾と従っていた。
そんな彼女の様子を見て、アントンは彼女が自分の妻になっても自分の言いなりなんだろうなと思った。彼女を従わせたらどんな気持ちになるだろうか。妻として夫に従う彼女は夫だけにどんな表情を見せるのか。めちゃめちゃにしてやったら、どんな顔をするんだろうか。アントンは、ふとそんな昏い思いに耽ってしまった。
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