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「も、申し訳ありません!」
「火傷しませんでしたか? 早く手袋を脱いだ方がいいですよ」
「い、いえ、大丈夫です。こんな失態をしてしまって……申し訳ありません」
彼女の微かな笑顔はすっかり影を潜めて再びおどおどした態度に逆戻りしてしまった。その態度にアントンは何だか苛々してきた。
「だから言ったじゃないですか、苦いって。なのにどうしてミルクも砂糖も入れずに飲んだんですか」
「も、も、申し訳ありません……そ、そのままだと……どんな味がするのかと思って……」
「気に入ったらもう1杯注文してブラックで飲んでみればいいんですよ。それともそれ程度も私が払えないとでも?」
「い、いえ……そ、そ、そ、そんな……め、滅相も、ありません」
「まあいいですよ。もう1杯注文しましょう。その前に濡れた手袋を脱いで下さい」
「い、いえ……これは……」
「そんな無様に染みがついた手袋をしているとみっともないですよ」
アントンは半ば無理矢理手袋をむしり取ったが、リーゼロッテは手を見せたくなかったようでさっと後ろに隠した。だが、アントンの目は素早く彼女の手の状態を捉えていた。リーゼロッテの手はささくれて荒れており、とても貴族令嬢のものとは思えなかった。
「手を出して下さい」
「い、いえ、お見せするようなものでは……」
「何も非難するつもりではないんです。働き者の手をよく見せて欲しいんです」
アントンの口調が優しくなると、リーゼロッテはおずおずと両手を差し出してきた。アントンは彼女の手を取って甲に唇を寄せた後、両手でそっと包んだ。するとリーゼロッテは真っ赤になって俯いて小さな声で呟いた。
「は、恥ずかしいです……」
「恥ずかしがることはないですよ。婚約者の手にキスするぐらい、当たり前です」
「で、でも……お見せできるような手ではありませんので……」
「そんな事ないですよ。働き者の手は尊いですよ。でも我が家に来て下さった暁には、指がひび割れて痛くなるような事はさせませんから安心して下さい」
リーゼロッテは目を瞠り、アントンを見て頬を染めた。感情をあまり露わにしないリーゼロッテの表情を崩す事ができてアントンは何だか誇らしかったが、この気持ちが何なのか自分でも分からなかった。
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