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「ところで、侍女殿。手袋を汚したのは僕だって言ったよね。僕が嘘をついているとでも言うの?」
「い、いえ、とんでもございません!」
「だったら、今日の事はロッティの両親やきょうだいには言わない事。分かったね? ハンドクリームもこれから買う物も婚約者の私がロッティに贈る物だ。まさか取り上げられたりはしないよね?」
「あ、当たり前でございます」
「そう。ならいいよ。取り上げられたら、我が家から正式に抗議するところだったからね」
アントンはそれだけ言って黙って馬車をしばらく走らせた。馬車が服飾小物の店の前に停まると、アントンは再び自分だけ馬車から降りて店に入って行った。しばらくして戻って来たアントンの手には小さな包みがあった。
「これ、汚しちゃったのとは似ても似つかない物しかなくて申し訳ないんだけど……よかったら使って」
「え?! ありがとうございます」
「開けてみて。気に入ってもらえるといいんだけど」
リーゼロッテが包みを開けると、水色のレースの手袋が入っていた。彼女のしていた手袋はドレスの若草色と同じ色のサテンの手袋だったので、似ても似つかない。でもリーゼロッテにはそちらのほうが美しく見え、初めて男性からもらったプレゼントに有頂天になった。
「素敵です!」
「一緒に選べなくて申し訳なかったね。今度、時間がある時に一緒に買い物に出掛けよう」
リーゼロッテはふわふわした気持ちのまま上の空で首を縦に振った。でも馬車が屋敷に着き、待ち構えていた父親に見合いがどうだったか聞かれると、夢心地な気分は途端に萎んでしまった。
アントンがリーゼロッテを送ってから帰宅すると、父パトリックはすぐに話しかけてきた。
「今日の令嬢は断るんだろう? いくらなんでもあんなおどおどした女じゃ伯爵夫人は無理だ。本当は評判のいい妹の方を望んでいたんだが、売れ残りの姉の方を押し付けてきたんだ。しかも姉娘は当主が侍女と作った娘だっていうじゃないか。我が家を馬鹿にしているな、全く!」
「いえ、父上。僕はリーゼロッテ嬢と結婚します」
アントンは無意識のうちにスラスラと了承の言葉を口に出していた。
「おい、本当か?! 嫁き遅れなのと母親の身分が難点だが、お前がせっかく結婚する気になったんだ。ちょっとぐらい難点があっても仕方ないか……」
リーゼロッテの年齢や出自についてブツブツ文句を言う父親にアントンはムッときた。彼女に文句を言っていいのは夫になる自分だけなのだ。なぜかそんな気持ちが湧き出てきた。
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