9.結婚式

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 リーゼロッテは、父エーリヒにエスコートされて赤い絨毯の敷かれたバージンロードを歩みだした。エーリヒがハイヒールに慣れていない娘を全く配慮せずに大股で歩くので、リーゼロッテはすぐに父に捉まっている腕が離れそうになった。慌ててエーリヒの腕を掴みなおそうとして足元がおろそかになり、転びそうになってしまった。その時偶然、彼女は一番前の席からリーゼロッテ達を見つめる継母フラウケと異母妹ヘドヴィヒと目が合った。2人はリーゼロッテを敵のように睨みつけながら、彼女の失態を喜んでいるかのように口角を上げた。 「チッ! 無様な様子を晒すなよ」  エーリヒは一旦止まってリーゼロッテだけに聞こえるような小声で文句を言ったが、アントンと目が合った途端、娘を心配する優しい父親のように表情を取り繕った。 「幸せになりなさい――娘をお願いします」 「言われなくても幸せにしますよ」  アントンとエーリヒの視線がぶつかった。優しい父親の仮面が一瞬剥がれ、エーリヒはアントンを睨んだが、すぐに顔に微笑みを湛えてフラウケ達の隣の席に移動した。  リーゼロッテとアントンは誓いの言葉を互いに口にし、司祭が誓いのキスを促した。リーゼロッテが、ベールをまくりやすいように少し頭を下げると、アントンは彼女の顔の前のベールを後ろに垂らし、顔を露わにしたリーゼロッテをまっすぐ見つめた。彼の灰色の瞳は、普段、酷薄に見えがちだが、その時ばかりは優しい光を湛えていた。 「私が君を守るから安心して」  そう言ってアントンはリーゼロッテとそっと唇を重ねた。触れるだけのキスだったが、彼が新妻を慈しんでいる気持ちがリーゼロッテにも伝わった。何より、清く正しい婚約期間中にキスした事がなかったので、リーゼロッテの顔は火照って頭の中がフワフワと上の空になった。だからまさかその舌も乾かぬ初夜であんな事が起こるとは、哀れなリーゼロッテは何も知らなかったし、その翌朝も気付かなかった。
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