12.アントンの憂い

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12.アントンの憂い

 これまでアントンは、王太子ルイトポルトの婚約者パトリツィアに対する溺愛振りを黙って見守っていた。だが彼のパトリツィアへの想いが改革の妨げにならないか次第に心配になってきた。何と言っても彼女は、クレーベ王国を私物化している宰相ベネディクトの娘で、打倒宰相を目指している者にとっては腐敗政治の象徴と言ってもよい。だからクーデター成功の暁には、ルイトポルトがパトリツィアを捨てなければ、宰相断罪に協力した貴族も民主派穏健グループも納得しないだろう。なのにルイトポルトは、パトリツィアに大分傾倒している。  アントンは、パトリツィアとの婚約はあくまで彼女の父である宰相の目を誤魔化す為のものだとルイトポルトにとうとう釘を刺さざるを得なくなった。宰相一派が私腹を肥やすせいで困窮する民を救うべく、大局の前に私情を挟まぬように説得したが、アントンは宰相断罪後にリーゼロッテをどうするのかと逆質問された。 「パティだって好きであの男の娘に生まれたわけではない! お前の奥方だって宰相の一門の娘だろう? 彼女が処刑されてもいいのか?」 「妻は一介の貴族の娘です。妃殿下とは立場が違います。クーデターの後、私が彼女と離縁して修道院に送れば十分です。宰相派の貴族の当主と跡取りになれる成人男性は処刑するしかないでしょうけど、女子供まで処刑すれば残酷過ぎると批判が出かねません。男の子は去勢の上、神職につかせますが、女性は生涯修道院に入ってもらいます。修道院に収容してもらう女性が増えて大分寄付をしなくてはならないのが頭痛いですが、市井に出して宰相派復権に利用されたらたまりません」 「それは奥方を処刑しないで済む言い訳だろう?」」 「違います。彼女はあくまで父の手前娶っただけで、白い結婚ですから、そこまでして庇う程の感情を彼女に持ち合わせてませんよ」 「酷いな」 「こんな因果で結婚することになってしまいましたが、仕方ありません」 「それだって結婚した縁がある」 「殿下は結婚に浪漫を持ちすぎですね」  こんな堂々巡りの問答でルイトポルトとアントン双方の神経は、徐々にすり減っていった。
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