22.身勝手なお願い

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 リーゼロッテは、執事が部屋を出て行ってから手紙を開封して驚愕した。王宮の地下牢に捕らえられているはずの継母フラウケと異母妹ヘドヴィヒからの手紙であった。王太子ルイトポルトの側近である夫に自分達の釈放をとりなして欲しいと言うのだ。地下牢の囚人達は、そんな内容の手紙を出すのは元より、外部との連絡が禁止されている。ところが、流石に脱獄は無理だったようだったものの、2人は何らかの手段で手紙を出すのに成功した。  リーゼロッテは、その手紙を暖炉の中に放り込んだ。すぐに白い紙がじわじわと黒く皺々になっていき、最後には粉々の炭と化した。  その頃、助けが来ると信じて疑わないフラウケとヘドヴィヒは、貧相な食事の分け前をめぐって牢の中で喧嘩していた。ヘドヴィヒの純潔と引き換えにリーゼロッテ宛の手紙を送ってくれた牢番は、いつの間にか来なくなってしまった。他の牢番を篭絡しようにも見向きもされず、母娘喧嘩が頻発している。 「私が身体を張って手紙を出させてあげたんだから、もうちょっと寄こしなさいよ!」 「母によくそんな口が利けるわね!」 「お母様に丁寧に接しても一文の得にもならないもの。それよりスープをちょうだい」 「そんな事言っても、まだ釈放されていないじゃないの! あの牢番、本当に手紙を送ったんだか、分からないわね」 「そんな酷い! 私があんな男相手に処女を失ったのは無駄だったって言うの?! 私の処女の価値は、本当はあんな下賤な男に奪われる程、低くなかったのに! いったい何の為に私は……酷い……」  フラウケは、泣き始めたヘドヴィヒを見て流石に良心が痛んだのか、オロオロして結局スープをあげた。残る夕食はパサパサに乾いたパンだけで仕方なく水で喉に流し込み、パンが喉にひっかかってむせてしまった。その母の背中をさすりながら、ヘドヴィヒはニヤリと笑っていた。  もちろん2人が釈放される事はなく、それから間もなく修道院へ移送された。  その8ヶ月後、ヘドヴィヒは修道院で女の子を産み落とした。妊娠が判明した時、ヘドヴィヒは堕胎を望んだが、教会では堕胎は許されておらず、妊娠を継続するしかなかった。生まれた子はすぐに別の修道院の経営する孤児院へ送られ、ヘドヴィヒに我が子の消息が知らされる事は生涯なかった。
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