雨上がり殺人事件

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「あの、犯人は後藤賢一でした。悲惨さんはどの時点で犯人だという確信を持ったのですか」  まっすぐに俺を見つめてくる。と言うより、睨んでる?ように感じる。そうこの人、目力が強い。 「聞いた瞬間」 「瞬間ですか?」 「だって、推理小説にもできない簡単な事件じゃないですか、ほかに犯人らしき人もいない。事故として片付けるのも不自然さがあった。自殺でない限りベランダから落下はありえない」 「あ、でも、動機はあってもアリバイがありましたよね?」 「事件を推理する時に大切なことは難しく考えないこと。とりあえず一番怪しい奴から疑うんだよ、推理小説なら一番はっきりとしたアリバイがある奴が犯人なんです。その時間に意識してアリバイを作れるのは犯人だけですから」 「まぁ、そうですが」 「手品はわかるよね?マジック。不思議だけど出来ないことは出来ない。難しく考えない。素直に出来る方法を考える。それが種明かしだよね?」  少し納得は出来ていないようだったが次の質問をしてきた。 「トリックに気づいたのは、いつでしたか?」  犯人は簡単に予想できる事件だったがトリックは実は難しかった。  なぜなら確実な犯行ではなく、確率で犯行を計画していたからだ。  彼女の行動を計算しながらも、失敗を恐れていなくて、うまくいけば大成功だと思っていたようだ。もっと言えば、偶然とか運命を絡めることで殺人という罪悪感から逃げていたんだと思う。つまり自分が殺したんじゃない彼女が運が悪かっただけなんだと自分を誤魔化していたんだと思う。  完璧な計画殺人ほど解くのは簡単で、こういうユルい計画の犯行が意外と難しいものなのだ。 「ます、不振に思ったのが洗濯物ですべて男の物だと言う。それで死んだ女性があのアパートに住んでいないと思った。なのに男は同棲を強調していた」 「そうですね。後藤のアパートにも頻繁に通っていて半同棲と言えなくもなかったんですが、坂下さんは近所にある実家に住んで、祖母の介護をほとんど一人でしていました。祖父は軽度の認知症で父は会社員で母は5年前に亡くなっていました」 「つまり犯人の後藤は同棲していたので坂下さんはあのアパートに住み慣れているという印象を刑事に与えたかったんです。家事を彼女がいつもしているように思わせたい。そして昼過ぎに少し早いけれど洗濯物を取り込もうとしても不思議ではないように思わせたかったのです。結局、洗濯もいつも後藤がやっていて洗濯物を取り入れることも普段は彼女はしていなかった」 「と、言うことは?」 「会議という完璧なアリバイの時間に殺したかったと言うことです。少しでも疑われないように。あとは簡単です。トリックを暴けばいいだけです」 「あの、」  そう彼女が話しかけてきたが俺はそれを遮り、テーブルのコーヒーを飲んだ。そしてケーキもパクり。  この喫茶店はコーヒーとチーズケーキが評判の店なのだ。これを食べたくて来たんだから、やはり少し味わいたくなった。 「如月さんもチーズケーキを味見してみて、美味しいよ」  少し苛々した顔をして彼女は、早く片付けようとケーキをフォークで口に運んでいたが、味わうと瞬間に顔がほころぶ。笑顔が漏れる。そう此処の喫茶店はチーズケーキが感動するほどとろけて旨いのだ。 「それで、トリックを紐解くヒントは何だったんですか」  そう、俺も少し悩んで耕介と遊び回った。近所の商店街で買い物をしたり、近くの公園で子供たちとしりとりゲームをしたり、夜はスナックをはしごした。 「最後のピースは坂下さんの実家に行ったことかな。おばあちゃんの部屋に入ると大きな窓があって、開くと少し遠くに小学校の校舎が見えたんだ。晴れた日で青空がとても綺麗だった。おばあちゃんがね、後藤さんのことをよく覚えていて、最初は本当に優しくておばあちゃんの世話を後藤さんがしていたこともあったらしいんだ。一年前までは。その時のエピソードを坂下さんが覚えていたら事件は起こらなかったかもしれない」  そこまで言うと俺は少し胸が詰まった。こんな事件は嫌いだ。 「どうしたんですか」  怪訝な表情で如月さんが俺を顔を見ていた。 「何でもない」  そう言ってコーヒーをぐいっと飲み干した。 「町中を聞き込みして分かったことがあの日は小学校で防災訓練が行われていたということ。でっかい消防車が2台も出ていて校舎に向かって放水の実演までやっていたんだ。かなりの迫力で近所の住民までが見学に学校の校庭に集まっていたらしい。公園の子供たちもスナックのオジさんたちも少し自慢しながらあの日のことを話してくれた。最後に必ず言っていたのが校舎の上に出来たモノがとても綺麗だったと言う話だったのだ」 「名推理が突然浮かんでくるわけではなくて、地道な聞き込みの成果と言うことですね」  今度は少し納得したように如月さんはうなずいていた。
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