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大地
もし自分の命がまもなく尽きるとわかったら、俺は拓海に会いたくなるだろう。ずっとそう思っていた。なのに、本当に死期が迫ると、俺は……。
拓海。"旅立ち届け"を書いたふたりはな、一生会えないんだ。
俺はわかっていて、でもきみにふれたくて、自分の衝動を肌で味わいたくて、きみを……。
"旅立ち届け"を書きながら、きみは泣いていた。こんなのおかしいって。俺は何も言えなかった。この街を飛び出して離れ離れになっても、きみは俺を探し出すだろう。
俺もそうしたかった。
……ずるいよなあ。あのクラス担任。もし再会したら街に連れ戻す。俺にしか警告しなかったんだから。
いまの時代は便利になったな。きみと顔を合わせなくても、たくさんの言葉をきみに届けられた。
俺は言葉で、きみを作り変えていったと思っている。きみが何を食べようか、何を着ようかと考えるとき。その選択にはきっと、俺がきみに読んでほしいと伝えた小説の人物の選んだ道がひそんでいるはずだ。
これが作家が役者にしかける罠だ。無意識にみんなやっている。
俺は考えて、やった。本当に旅立ったあとのこと……この世からいなくなるときのことを考えていた。
この街で人生を終える。覚悟していたけど、もっともっと、きみにふれたかった。
きみにふれたあの夜は人生のほんの一瞬のことなのに、いまでも思い出す。
俺はもっと、きみの体に痕を残したかった。きみの生きる道に、俺の想いを滲ませたかった。悪く言えば……きみがわからぬままにきみを支配したかった。
これはもう愛情ではないだろう? 少なくとも純粋な気持ちではない、あの頃とは変わってしまった。執着だ。東京で輝くきみをかつて愛した男の自惚れ。そう片付けていい。
……ああ、やっぱり。俺はきみに、もっと言葉を告げたいようだ。こうして書いている想いをぶつけて、きみをぐちゃぐちゃにしてやりたくなる。そうすれば、きみは俺を忘れないだろうか?
【了】
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