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ーーーああ、惨めだ…
私の服は、所々が焼け焦げてボロボロ…
体のあちこちに、すり傷と切り傷まみれ…
そして、あの子達の真っ赤な"血"ーー
油断していた…
安心できる場所を見つけると自身が弱いことを忘れ、鍛えようともしなくなる。
ーー だからあの子たちが死んだ
後悔の念が自身の足を鉛のように重くする
でも、今は"アイツ"から逃げないと…
私は深い森をただひたすらに走った
しかし、何時間も走り続けているが、いまだ森から抜け出せなかった。この森は、もう私の知っている森ではなかった。
それに、足の限界も近い
全力で走っていて気が付かなかったが、
樹海を裸足で走ったせいか痛々しい血豆がいくつもできていた。
どこか休める場所を探していると、無人の馬車を見つけた。
所々に華やかな装飾がされており、そこそこの貴族の馬車であると分かった。
おそらく盗賊にでも襲われて廃棄されたのだろう。
足も限界だったし、闇雲に走ってもこの森から抜け出せる気がしなかった。
だったら、この馬車で少し休み明るくなってから移動しようと考えた。
馬車の中に入ると、上品なお香の香りが私を包み込んだ。
一応、何か使えそうな物がないか馬車の中を物色してみたが何もなかった。できれば、医療品があれば足の治療ができたのだが残念だ
しかし、この匂いを嗅いでいるとさっきまでの緊張がウソのように和らげてくれた。
そして、ゆっくり… ゆっくり… ゆっくり…
ーーいつの間にか眠ってしまった
何時間か寝てしまい、何者かの足音で目を覚ました。熊や鹿でもない人間の足音がこちらの馬車に向かっていた。
さっきまでの落ち着きが焦りに変わり、再び
心臓がキリキリと痛みはじめた。
ーーおそらく "奴"だ…
とりあえず逃げなければいけないと思ったが、足が震えて動けなくなっていた。
大切なものを奪った" アイツ"に怯えてしまい自身を奮い立たせようとしたが、私の意思が拒んで闘おうともしない。
ーー自身と葛藤している内に車の扉が開き、背の高い男が入ってきた。
瞬間、頭が真っ白になり全ての思考が吹き飛んだ。逃げることも闘うことも忘れ…
ーー ただ… "見てる" だけ…
ーーああ、奪われるんだ コイツに
しかし…
男は、私が見えていないのか持っていた荷物を私の隣に置き、何も言わずに御者台の方へ行ってしまった
私の知る"アイツ"であれば間違いなく殺そうとしてくるから
ーー おそらく違うのだろう…
そうしている内に馬車が動き出した。
だが、この馬車には馬がいないはずだ…
それに、外からも馬らしい足音も聞こえてこない。でも、今もしっかり私たちを運んでくれている。
どういう状況なのか全く分からなかった。
ひとまず今の状況を把握するためにもあの男に聞いてみることにした。
「 …… あの、すみません」と御者用の小窓からおそるおそる話しかけた。
すると、男性から水筒らしきものを渡された
「 喉… 渇きましたよね」と聞いてきたが、私は
受け取らず返却した。
中に何が入っているか分からなかったのと、 私がこの男を信用できなかった。
私は話を変えるために、
「 この馬車、馬がいないのですね…」と試しに聞いてみることにした。
馬車の形状は、私の知る形とあまり変わらなかったのだが、肝心の馬だけいなくなっていた。
「 ああ、魔法ですよ…」とわけの分からないのことを言い出した。
私の知る" 魔法"というものは、物語とかで謎の力を誤魔化すために使用する言葉であることしか知らなかった。
しかし、男の言い方からしておそらく実在しているのだろう。
「そういえば、この馬車どこに向かっているのですか… 」と行き先を尋ねた。
できることならどこかの村にでも運んでもらえるのが理想的なのだが。
「 私の屋敷の方に向かっています 」と男は言い放った。
ーー私は今すぐに下ろしてもらえないかと相談した。
私の偏見かもしれないが、貴族にはロクな奴しかいない印象だったからだ。
殺しをも平気で行う者…
自身の養分にする者…
苦痛を強いる者…
もちろん、これらに該当しない心優しき貴族様もいるのかもしれないが… 私は見たことがない
そして、そのとおりのことが起こった…
「 わたしの妻になってくれないか」と男が唐突にプロポーズしてきた。
ーーやはり、貴族にはロクな奴がいない
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は、貴族である男の屋敷に着いてしまった。
あの後、必死に馬車から下ろして欲しいと言ったが、男は断固として要求を飲まなかった。
それにしても、この男が何を考えているのか
全く分からならない。会って早々に妻になれってどこの口説き文句だろうか。
ーーしかもこの男、四、五十ぐらいのおじさんである
自分で言うのもなんだが、私の見た目は
子供のような容姿である。そんな子供に求婚するのは生物としての落ち目と感じてしまう。
しかし、私も勝手に馬車を使っていた身…
いくら事情があったとは言っても、強く言えるほど私も立場が強くない。
それに男が私の面倒を見てくれるとの事なので、金無し家無しの私にとってありがたい話ではあった。
とりあえず、しばらくはこの男のご厄介になりそうなので私は色々と諦めることにした。
屋敷の中に入ると、一人の家政婦が出迎えてくれた。
「 ただいま、シルヴァ…」
「 おかえりなさいませ、ゼタス様」
私は、ここで初めてこの男の名前を知った。
今気づいたが、お互いまだ名前を名乗っていないのに、私にプロポーズしてきたのかと思うとこの男の異常さが浮き彫りになっていく。
「 すみません、そちらの女性はどなたですか」と異質である私の存在に家政婦の方が聞いてきた。
「 こちら私の妻ーー」
「 わたくし!セリア・ヴァーグです!どうぞ初めました シルヴァさん!!」
ーー何を考えているだろうかこの男は
コイツの中で私が結婚すると決めたように言っているが、私は一度も了承などしていない。
それに、こういった話はトラブルの元なので話さないに越したことはない。
「 セリアという名前か… いい名だ」と男は私の名前を聞いて色惚けたことを言い出した。
ーー 正直、この男をどついてやりたくなったが、従者の前で暴力を振るうわけにもいかないので怒りを鞘に収めた。
「ーーシルヴァ、セリアを来客用の部屋に案内してくれないか」
「 承りました、ゼタス様もお休みになられますか?寝室のご用意はすでに整えております」
「 いいや、少し彼女と話したいことがあるから少ししたら休ませてもらうよ」
この男は私にまだ話し足りない事でもあるらしかった。
私も、今後の私の扱われ方に申したいことがあったのでちょうどよかった。
「 ーー談話用の紅茶がしを持ってくる。先にセリアと話していてくれないか」
「 ーーわかりました、お手数ですがよろしくお願いします」とシルヴァが深々とおじぎをし、男はどこかへ消えてしまった。
私は、シルヴァに部屋へ案内された。
部屋の中は、大きなベッドと木製の机がある良い部屋だった。
それにしても、従者に頼まず自らがお茶を
用意するとは思ってもいなかった。
淹れるのに相当な自信でもあるのだろうか。
… だが、今はあの男の情報が欲しかった
何を考えいるのか分からないうえに、何故か自身の素性を話したがらなかった。
せめて、シルヴァからあの男について聞き、どうしようもない下衆であれば、隙を見つけて逃げ出すつもりである。
「 …せっかくですし、少しお話でもしませんか
シルヴァさん 」
「 そうですね… 少し、話し合いましょうか」と
シルヴァは落ち着きある声でそう言った
お互い部屋に備え付けられていたソファーに腰をかけた時だった。
「 ーーどうしてここに来た、"ヴァンパイア"」
突然、シルヴァの声色が変わり、私に対して敵意ある声で聞いてきた。
「 ど、どうしたのですかシルヴァさん… 」
先ほどまでの礼儀正しいシルヴァはどこに行ってしまったのか。彼女の変貌に動揺した。
「 ーーとぼけるな!!30年前、私が討伐したはずのヴァンパイアが何故… 我が主の隣に立っている!!応えろ! セリア・ヴァーグ…
いや… 吸血鬼ーー "カーミラ" 」
ーー確かにこの女の言うとおり…
私は、吸血鬼の『カーミラ』だ
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カーミラという存在をご存知だろうか。
孤城でただ一人寂しく過ごす女の吸血鬼の
総称。城に来た客人に上手い料理を振る舞い、寝床を提供してくれる。ここまで聞くと親切な者たちに聞こえるかもしれないが、もちろん見返りを要求してくる。それは… 愛だった
彼女たちは、常に孤独だった。吸血鬼ゆえに長生きしてしまい一生を添い遂げられる相手がいなかった。その寂しさを満たす"行為"を対価として要求してくる。それだけならまだしも、彼女たちの渇きは常人のそれを超えていた。気持ちが高振り、気付いた時には相手を喰い殺していたという事はよくある話だった。なかには、カーミラ同士で愛を育む者たちもいるらしい。
そんな愛を求める怪物が…
ーー私たち、「カーミラ」だった。
ひと昔前までは私も一般的なカーミラだったが、ある日ハンターに敗北し、心臓に銀の弾丸を撃たれた。
その時に撃ったハンターこそが目の前にいる
家政婦の"シルヴァ"だったらしい。
「 あの時、誓約で"人を襲ったら死ぬ"ようにしたはず!なのにどうして生きている!」
「 ーーただ人を襲わず、生きただけだ」
「 ふざけるな!カーミラであるお前らが!
あり得ない!!」
確かに、シルヴァに撃たれて誓約という呪いのような物をかけられた。一度でも、その誓約を結ばれてしまうと解除することはできない。
さらに、カーミラは"人を襲いたい"という欲求に抗えない生物だ。
誓約がかかってしまったカーミラは、衝動が抑えきれず、誓約の処罰として命を落としてしまうことがほとんどだった。
ーーしかし、衝動にも個体差がある
私は、比較的に人を襲いたいという欲求が他のカーミラに比べて限りなく無いに等しかった
ーー"どちらの"意味でも…
「 ーーーッ!! 今すぐ、出て行け…」
そう言って、シルヴァは銃を突きつけてきた
本音を言うと、あの男に半ば無理矢理ここにいるようなものだから、解放してくれるならありがたい話だった。
「 分かりました… 出てーー」
「 ーーーゼタス様に危害を加えるなら、また誓約をかけるだけ… 呼吸をするだけで死ぬようにしてあげます!!」
私の声が聞こえていないのか、彼女は引き金を引く寸前だった。また、誓約なんてかけられたらただでは済まない。
ーー彼女は、私を殺す気だった…
ーーーーまずい、撃たれる!!
「 ーー消えなさい!吸血鬼ーーッ!!」
「 ーーーーシルヴァぁぁぁあああ!! 」
その瞬間、男の声が屋敷に響き渡った。
ーーーバァーン
シルヴァは主の声に驚き、引き金を引いてしまったが、銃の軌道がずれて私に当たらなかった。
「 ゼタス… 様… 」とシルヴァはひどく動揺しているようだった。
「 ーーシルヴァ… 自室に戻りなさい…」と、
あの男はシルヴァに退室するように命じた。
「ーーッ! ですが、ゼタス様」
私を殺そうと必死なのか、引き下がろうとしないシルヴァだったが…
「 ーー"戻りなさい"… 自室に… 」先ほどよりも、ドスをきかせた声で言った。
ーーこれが最終警告だと言うように
「 ……は、はい… 失礼します… 」
さすがのシルヴァも怖気づき、この場から離れるように退室した。
かという私までもが腰が抜けてしまった。
ーー窮地を逃れ、ホッとしたからではない…
ゼタスから"殺意"のようなものを感じたからだ
自身の恋人? を護ろうとするのは普通のことなのかもしれない…
ーーだが…
『 ーーこの男が"アイツ"に似ていた』
ーーシルヴァに撃たれなかったのもこの男に助けられたからなのは間違いない… でも…
どこか" 奴"に似たこの男の元を離れるべきだと心が言っていた。
男が私の方に向きを直すと…
「 ーー"すまない" 私が… 浅はかだった…
シルヴァの不安にも気付いてあげられず…
あまつさえ、関係のない君にまで迷惑をかけてしまった …」
ーー この男は私に深々と頭を下げた。
それどころかシルヴァを責めるどころか、
今回の件が自身に非があると認めた。
正直、驚いた… 貴族は自己保身を優先し、謝ることをまずしないと思っていたからだ。
しかも、この男は従者であるシルヴァが
責められないように庇っている。先ほどまで彼女に殺意を向けた者とは思えない貴族の鑑のような清い行いだった。
でも私は、もともと彼女を責めようとは思っていない。
元を正せば、私が過去に悪さしていたのが発端だったし、彼女が神経質になっていたのも、この男を護るためだってなのは見ていても分かる…
でも、ひとつだけ引っかかる…
「 ひとつ聞かせてほしい……どうしてそこまで私に固執する 」
私は、勝手に馬車を使用していた不埒者だ。
そんな者を会って数秒で妻にしようとはまず思わない…
それに貴族だから結婚相手に困るとも思えないし、別にシルヴァという家政婦と添い遂げることだって可能なことだろう。
だから、尚更私である理由がわからない…
ーー男は深刻そうな顔しつつ…
「 私が… 女性を助ける人になりたいからだ…」
と顔にそぐわない恥ずかしいセリフを吐きだした。
「 なぜ、女性なんですか…」
男だから物語の勇者や騎士に憧れる気持ちが分からないわけではないが、いまいち意図が読めなかった。
「 私の父は、過去に多くの女性を痛めつける人でした。欲を満たす為なら慕っていた者たちですら、怒りのはけ口にする事に躊躇わない人でした。ある日、父は唐突に死亡してしまい、嫌がらせを受けてきた従者たちの怒りが息子である私に向かうことになりました。シルヴァが護ってくれていたので命に関わるような事はありませんでしたが、女性を盾にする下衆というレッテルを貼られる事になりました。そして、人がどんどん離れていき、気づいた時にはシルヴァだけになっていました。だからこそ、シルヴァに護られる私ではなく女性を護れるぐらいの私でなければいけないと… 馬車で震えていた君を見て、護らなければいけないと思ったんです」
要するに護る対象が欲しくて私を選んだということなのだろう。
確かに、私以上に弱い存在はいないかもしれない。私は誓約のせいで人間に抵抗する事を許されなかった。
護るに値する存在か知らないが…
ーーでも、この男を少し知ることができた。
今まで、身の上話を話そうともしなかったのにやっと自身の過去を私に話してくれた。
私は、男の頭を優しく撫でた。
「 ありがとう、私に話してくれて… 」
ーー私はこの男にお礼を言った。
「 あなたの言う通り、私は弱い… カーミラなのにとても… だから、護って欲しいと思うこともよくある ーーでも、君の思いに応えることができない」
私は正直に言ったーー 私が弱い事…弱音を吐く事… ーー" 気持ちに添えない事"
「 私は、誓約で人を襲うことができない。この
" 襲う"というのが物理的な意味なのか性的な意味なのか、いまだに分からないんだ。だから、あなたが望むようなこともできない… それに
私も面倒を呼びやすく、迷惑をかけたくない…
だから、近いうちに立ちますーーここから 」
「 そう… ですか…」
男は、私の本音を聞いた上で出て行くと聞くと拗ねた子供のようになってしまった。
「 …しかし、二週間ぐらいはここに住ませてください」
それを聞いた瞬間、男の曇っていた顔が輝きを取り戻した。
「 私にも目的があるのですが、少し時間を空けなければいけなくなりました。それまでの間、満足するまで私を好きに護ればお互いの要望も叶っていいと思います」と私はこの屋敷でしばらく滞在すると決めた。
すると、男は私の前で跪き、
「 ーーありがとうございます。私のわがままですが、私とシルヴァ共々あなたの身を護らせてください」
シルヴァが納得しないと思ったが、少なくとも私に何かしようとしているわけではなさそうだと分かった
この男とハンターのシルヴァとやっていけるか不安も残るが、頑張ってやっていこうと思う。
「 そういえば、お茶を用意してもらっていましたよね… 一杯、いただいてもいい?」
「 ーーはい、用意します!」
そう言って、男はティーポットから紅茶を
注いでくれた。
「 ーーありがとう」
ティーカップを受け取り、口にしてみると…
「 ーーッ!? 何、これ…… 」
ーーー 結論から言うと" 不味い"……
というより、大量の茶葉が喉にくっついて咽せかけた。
「 どうやって、作ったか聞いても…?」
「 ーー? 茶葉をティーポットに入れて、お湯を注いだだけ… 」
ーーー "茶漉し"を使え!!
とツッコミを添えたくなったが、お茶と
一緒に黙って飲み込むことにした。
ーーやはり、この男は ーー"この男"だ
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