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「この穴って底はあるの?」
「どうなんだろ。あっても手が届く深さじゃないかな」
「じゃあ穴に水をいっぱい溜めてグッピーを飼う『100Bアクアリウム案』は無しだな」
僕は広げたノートに書かれた『アクアリウム』と『植木鉢』にシャーペンで二重線を引いた。
シャーペンの2Bの線も黒いが、やはり100Bとは比べものにならない。
「他に何があるかなあ。無限ゴミ箱くらい夢あるやつ」
「ゴミ箱に夢ないだろ」
「平和でいいじゃん」
中身のない会話を交わしながら僕たちは100Bの素敵な活用法について考えを巡らせていた。
僕たちが口を閉じれば他の生徒がいない教室は音ひとつなくなる。外から野球部の打球音が聞こえて窓のほうを見れば、空は薄い青から茜色に変わり始めていた。
「この『100B傘立て案』とかけっこう良くない? 玄関の壁に描いた100Bの穴に取っ手の曲がってるとこ引っ掛けるの。すごい便利そう」
「ハンガー使えばコートとかも掛けられそうだしな」
「うわ素敵じゃん。採用」
「まいどあり」
ノートに書かれた『傘立て』を丸で囲む。紙面には丸と二重線がいくつか散らばっていた。
夕陽の差し込む教室で僕たちは向かい合って、並んだアイデアの採用と却下を話し合う。罰と言うには少し眩しい気がした。
「そういえば黒部さんっていつか未来に帰るの?」
「え、なんで? 帰らないよ」
「なんとなくそういうもんかと思ってた」
「上京した若者が田舎に帰ってこないなんてよくあることでしょ」
わかるようなわからないようなことを言いながら彼女は「この『100B手品案』も気になる。採用」とノートを指す。
未来って帰りたくなるようなとこじゃないのか、と僕は丸をまたひとつ増やしながら思った。てか未来の世界ってどんな感じなんだろう。
「未来だとさ、やっぱみんな100Bとか99Hとか使ってんの?」
「そんなことないよ。100Bは特別だから」
「へえ。そんな特別なのよく持ってたね」
未来でも貴重なものなら、手に入りにくそうな気がするけど。
僕が尋ねると「まあね」と黒部さんは簡単に頷いた。
「だって100B作ったの、私のお父さんだもん」
「え」
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