3

1/3

8人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

3

「この穴って底はあるの?」 「どうなんだろ。あっても手が届く深さじゃないかな」 「じゃあ穴に水をいっぱい溜めてグッピーを飼う『100Bアクアリウム案』は無しだな」  僕は広げたノートに書かれた『アクアリウム』と『植木鉢』にシャーペンで二重線を引いた。  シャーペンの2Bの線も黒いが、やはり100Bとは比べものにならない。 「他に何があるかなあ。無限ゴミ箱くらい夢あるやつ」 「ゴミ箱に夢ないだろ」 「平和でいいじゃん」  中身のない会話を交わしながら僕たちは100Bの素敵な活用法について考えを巡らせていた。  僕たちが口を閉じれば他の生徒がいない教室は音ひとつなくなる。外から野球部の打球音が聞こえて窓のほうを見れば、空は薄い青から茜色に変わり始めていた。 「この『100B傘立て案』とかけっこう良くない? 玄関の壁に描いた100Bの穴に取っ手の曲がってるとこ引っ掛けるの。すごい便利そう」 「ハンガー使えばコートとかも掛けられそうだしな」 「うわ素敵じゃん。採用」 「まいどあり」    ノートに書かれた『傘立て』を丸で囲む。紙面には丸と二重線がいくつか散らばっていた。  夕陽の差し込む教室で僕たちは向かい合って、並んだアイデアの採用と却下を話し合う。罰と言うには少し眩しい気がした。 「そういえば黒部さんっていつか未来に帰るの?」 「え、なんで? 帰らないよ」 「なんとなくそういうもんかと思ってた」 「上京した若者が田舎に帰ってこないなんてよくあることでしょ」  わかるようなわからないようなことを言いながら彼女は「この『100B手品案』も気になる。採用」とノートを指す。  未来って帰りたくなるようなとこじゃないのか、と僕は丸をまたひとつ増やしながら思った。てか未来の世界ってどんな感じなんだろう。 「未来だとさ、やっぱみんな100Bとか99Hとか使ってんの?」 「そんなことないよ。100Bは特別だから」 「へえ。そんな特別なのよく持ってたね」  未来でも貴重なものなら、手に入りにくそうな気がするけど。  僕が尋ねると「まあね」と黒部さんは簡単に頷いた。 「だって100B作ったの、私のお父さんだもん」 「え」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加