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驚きのあまり失った言葉を取り戻すのに少し時間がかかった。
「……黒部さんのお父さんって発明家だったのか」
「そこまで大層なものじゃないけどね。ただの文房具屋さん」
「ただの文房具屋さんの発想とは思えないんだけど」
「そうね。ちょっと天才すぎたかも」
黒部さんは机に転がる100Bにそっと触れた。
自分の親を素直に褒められるのはすごいな。
僕は感心しかけたが、彼女の顔は自慢のお父さんを語っている顔ではなかった。
「どうかした?」
「なんでもさ、すぎるのはよくないよね」
「ああ。食べすぎ飲みすぎは身体に悪い」
「暑すぎも寒すぎも生きにくいし」
「怒りすぎも優しすぎも嫌われる」
「世の中って難しすぎ」
あはは、と笑い声をあげて、黒部さんはすぐにその笑顔をしまった。
空いた窓から風が吹いて、なびいたカーテンの影が彼女の頬に黒いアニメーションを映す。
「私のお父さん、今警察に捕まってるんだよね。未来で」
唐突に、彼女はそう告げた。
一瞬すべての思考が停止した僕の手から2Bの鉛筆が滑り落ちて、こつんと天板にぶつかる。
「……捕まってる?」
「そ、逮捕されちゃった。世界滅亡幇助罪で」
「なにそのふざけた罪状」
「笑っちゃうよね。けど本気なんだよ、未来人は」
黒部さんは口元だけで笑みを浮かべた。
カーテンの影が彼女の目元を隠す。
「お父さんの100Bの製造技術が国に盗まれちゃってね。何に使おうとしたのかはわかんないけど、たぶん物騒な理由で」
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