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僕は机の隅に描かれた無限ゴミ箱に目をやった。
政治や経済はよくわからない。それでも100Bに利用価値があることは想像できる。
金儲けの道具としても。戦うための兵器としても。
人の欲しいものは今も未来も大して変わってないんだろう。
「それから量産が始まって、でも作りすぎちゃったみたい」
まるで子供のうっかりミスを指摘するように彼女は笑う。さっきと同じ唇の形だ。
「──で、事故が起きた。工場の機械が故障して作ってた100Bがぜんぶ外に流れ出したの。いっぱい作ってた100Bは大きな穴になって工場は丸ごと落ちていった。そこは海が近かったから、今度は海の水がその穴に流れ込んでいってね」
僕は息を呑む。
何かを言おうとして、何も言えなかった。
「排水口に流れてくみたいに海の水がどんどん吸い込まれていって、その流れに引き寄せられて船も魚も大陸もどんどん穴に落ちていった。今もまだ落ち続けてる。まあでも時間の問題かな」
彼女の口から淡々と語られる未来の世界は信じられないほどの惨状だった。
鉛筆一本分の穴しか描けないはずの100Bを大量生産するなんて、地上にブラックホールが出現したようなものだ。
海も、人も、世界も、すべてが飲み込まれる。
「事故のニュース見てお父さんはすぐに100B用の消しゴムを作ったんだけど、それを発表する前に警察に捕まっちゃってさ。国が罪をなすりつけたかったみたい。世界が終わるってときに、そんなこと言ってる場合じゃないのにね」
黒部さんは机に置いていた白いキューブを摘まみ上げて、こちらを見た。
暗い色の瞳に見つめられて思わず僕は背筋を正す。右手の小指が2Bの鉛筆に当たった。
「よくないよ、ほんと」
2Bはころころと夕焼け色の天板を転がってもう一本の鉛筆にぶつかる。
「お父さんは天才すぎて、100Bは黒すぎた」
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