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 そう微笑んで黒部さんは立ちあがった。  一歩ずつゆっくりと窓のほうへと歩みを進めていき、そんな彼女を迎え入れるようにカーテンが大きくなびく。  ふと僕の耳に音楽が聞こえた。楽しそうな旋律だけの鼻唄。 「なんかご機嫌だな」  このままスキップでもしそうなほど軽やかな足取りに僕は思わずそう口にした。  疑問符が絶えない。彼女はこれから世界の終末へ向かうのに。 「そうだね、悪くない気分。百田くんのおかげかも」 「え、なんかしたっけ」 「うん」  くるりと彼女はこちらを振り返った。  夕陽を背中に浴びながら、逆光でも曇りない笑顔を浮かべる。 「さっきは誰でもよかったって言ったけど、私は100Bを拾ったのが百田くんでよかったと思う」  僕は首を傾げた。  そんな風に言ってもらえる理由が思い当たらない。   「他人のもの勝手に使ってたのに?」 「そこは反省して」 「すみませんでした」 「あはは、いいよ。許したげる」  黒部さんは微笑んで、ベランダへと続く扉のノブに手をやった。  風が止まる。カーテンは動かない。野球部も休憩に入ったのか、この場に僕たち二人以外の音はなかった。  あまりに穏やかな静寂の中で彼女の声が際立つ。 「ね、お父さんはなんで100Bを作ったんだと思う?」 「え」 「たぶん百田くんみたいな人に使ってもらいたかったんだと思うんだよね」  僕が首の角度をさらに深くしたところで彼女はノブをひねった。  きゅる、と金属がこすれる音が聞こえて、ぬるい茜色の空気が教室に流れ込んでくる。もうすぐ今日が終わる。 「ありがとう。百田くん」  ベランダへ半歩踏み出してこちらを向いたクラスメイトと目が合う。  焼けた空を背景にした彼女の黒い瞳はきらきらと瞬き、その声は湿り気を帯びていた。 「やっぱりお父さんは、素敵なものをつくるただの文房具屋さんだった」
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