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「それでは、また来週」
「音羽先生、ありがとうございました」
小山さんが一礼してレッスン室を出ると、入れ替わるように中村さんが私の所へやってきた。
「音羽先生、先ほど欠席の連絡が入りまして、小山さん以降の生徒さんは、皆お休みするとの事です」
小山さんのレッスン中に、他の生徒さんから連絡が入ったのだろう。中村さんは苦笑いを浮かべている。
「……分かりました。お知らせありがとうございます」
流石に大雨で三十分間のレッスンに行こうとは思わないだろう。レッスンが振り替えできるのなら、その方が得策かもしれない。
(って事は、本日のお仕事は、これにて終了って事か……)
私はピアノに鍵盤カバーを掛けて蓋を閉め、レッスン室の扉を施錠して受付に戻した。
「どうやら雨は止んだみたいですよ。でも音羽先生、今日のレッスンは終了なんですよね」
「うん」
困惑の笑みを見せながら帰り支度を始める私。
「では帰ります。中村さん、お先に失礼します」
「本当にお疲れ様でした」
出入り口のドアを開け、私は店を後にした。
****
早く家に帰って着替えたい一心で、周りをよく見ないで歩き出した瞬間、思い切り人とぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
俯き加減でペコペコとお辞儀をすると、頭上から声優ばりの低くて渋い声が降ってきた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。すみません……」
目の前には、ダークネイビーのスーツを着た男性。恐らく背の高い人なのだろう。
顔を上げると、私の視界にはネクタイのノットが映っている。
更に上を向くと、そこにはクールな奥二重の瞳を持つ俳優みたいなイケメン男性が、笑みを湛えながら私を見下ろしていた。
(うはぁっ……チョーイケメンじゃん……)
「雨上がりなので足元に気を付けて。お疲れ様でした」
そう声を掛けられ、私は恥ずかしいのと居た堪れない気持ちになって、会釈してすぐにその場を立ち去った。
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