まっくろでした。

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まっくろでした。

 それから一月が経った頃。俺は突然、離婚届を突きつけられた。 「私が育児で大変な時に不倫なんて最低。もう優君とは一緒にいられない」 「は? なんのことだ…?」  義両親も渋い顔で俺を見下している。その冷えた目線の援護射撃と共に、桃花は俺の目前に妙な画像を差し出した。 「なんだよこれっ…」  俺が女性とホテルに入っていくところ…。これはあの時の…? 「この女性とは何もない! あの日は起きたら部屋の隅で寝てたんだ!」 「どこの誰がそれを信じるというの? あとは弁護士を通して」 「待てっ。雪乃はっ!?」 「…はぁ?」  後日、茫然自失の俺に届いたのは内容証明郵便だった。即刻、弁護士に相談した。しかし決定的な写真を撮られている以上、不倫をしていない証明は難しいということだ。  調停で桃花が折れる気がしない。その間、当日は職場に出勤できない。こんな恥ずかしい家庭事情が会社に露呈してしまう。  桃花も早くケリをつけたいとかで、きちんと養育費を払いさえすれば当初の慰謝料請求額二百万円を百万に下げても構わないと言ってきた。  その時点で俺の心は壊れていたんだ。郵便を開封した瞬間、目の前が真っ暗になり動悸がして、以後思考がうまく巡らず、今は一刻も早く桃花から解放されたいがために、書類にサインした。    平気だよ。  たとえ独りになっても俺の職歴は俺のものだ。経験と実務スキルは嘘をつかない。ただ以前の俺に戻っただけ。  なのにおかしいな。何を食べても味がしないんだ。仕事中なのになぜか涙が出てくるんだ。週末も、何をしても楽しくなくて、街を歩けば誰もが幸せそうで、自分だけが不要物のようで、いてもたってもいられず自宅に駆け込んでいた。    上司から有給消化を勧められ、自宅で心のリハビリに努めていたこの日。  久々に黄田からメッセージが来た。 “今から行ってもいいか?”  今日は日曜だったか。ぜひ来てほしいな。気分転換したい。  しかし訪れた黄田は神妙な顔をしていた。 「これ、桃花ちゃんの新しい彼氏のようなんだが…」  テーブルについたらおもむろに、俺にスマホの画像を見せた。  桃花と雪乃、そして彼氏と見られる男の、まさに家族の外出といったような写真が数枚。 「お前に知らせるの迷ったんだ。でも、どうしても見過ごせなくて…!」  突きつけられたのは、雪乃とその男は顔立ちが瓜二つ、という事実だった。 「これ桃花ちゃん……黒だよな!?」  そうだな。つまり最初から俺にタカるつもりで近付いて……  付き合い出してからずっと俺を騙し続けて…… 「今からでもあっちの親を巻き込んで認めさせよう。謝罪させるんだよ。養育費だって払い続けてるんだろ? 返金を求めて…ああ…泣かないでくれよ…」  無理だよ。もう何もしたくない。  それから俺は無断欠勤の(のち)、体調不良を理由にホワイト企業を退職した。  あんな腹黒女に搾取され続ける人生にどんな価値があるっていうんだ…。  独りの部屋で酒を浴びるほど飲んだ。現実が分からなくなるまで飲んで、飲んで飲んで飲み尽くした頃、ぼんやり見えてきたのは──  生まれたばかりの雪乃の顔だった。
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