第7章 閉鎖病棟 その①

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第7章 閉鎖病棟 その①

 3日たったらしい。らしいとわかったのは、拘束が解かれて大部屋に連れて行かれたとき、そこにいた看護師に聞かされたからだ。  私は普段部屋で着ているジャージを手渡されて着替え、廊下に出る。洗面所やトイレを見ながら歩いて行くと広間があった。 「びっくり! あんな風にきた人は初めてだよ」  ロゴTにチノパンを着た若い男性が話しかけてくる。 「あんな風にってなんのことですか?」  私が驚いて聞くと男性がおおげさに手をふりながら説明した。 「なんか……拉致られてきたって噂! ここは人気で、入りたくても入れない人が多いのに。俺なんて最初、入院できるまで1ヶ月待ったかな。今はリピーターだけど」  私が戸惑っていると、今度は上下グレーのスウェットを着た女性が、手を振りながら近づいてくる。 「心愛さんなの? 私は夏休みだからバカンスにきました! なんてね」  チャットの副管理人のマリだ。マリと会うのはオフ会に続いて2回目である。 「心愛さんが入院するなんて不思議。通院してる様子もなかったし。私はね、岸山麻理(きしやままり)。よく名前の漢字間違われるからマリと書いてるんだ」 「二人は知り合い? 俺も混ぜてよー。俺は赤木光輝(あかぎこうき)。ひかりかがやくでこうきだよ。キラキラネームだと『オーロラ』と読むやつがいるらしいが、俺は素直に『こうき』だよ」  光輝が明るくおどけながら言う。マリに会えた安心感と、光輝と名乗る男性の明るさから、私は少しリラックスすることができた。  私たちは大きな木のテーブルの周りに座る。すぐに光輝が興味津々と聞いてくる。 「それで? 何やらかした?」  やらかすといっても特に思い当たる節のなかった私は、リスカしたあと連れて来られたと素直に話す。 「それだけ? まじかよ。そんな理由でここに?」  光輝は驚きを隠せないようだ。マリが明かす。 「私はいくつか病気抱えてて、今年に入って3回目かな。よくなったり悪くなったりを繰り返してるよ」 「俺はいろいろやらかしすぎたわ。ICUに入れられて、また来ちゃったよ」  二人の話からここが精神科閉鎖病棟だと知ったが、室内の色調が明るく、想像していたのとは大きく違った。  私は思わずつぶやく。 「檻とかないんだ?」 「そんなところはやばいって!」  マリが笑いながら続ける。 「ここにいる間は症状も落ち着くから、入院生活も悪くないよ」  だが光輝はため息をもらす。 「暇で暇で仕方がないけどな。入院するようになってから、読書の習慣ができたわ。面会でラノベを持ってきてもらってる」 「刑務所の差し入れみたい!」  マリのツッコミに、思わず私は吹いてしまう。  ルカさんに連絡したいが、私のベッドの横に置かれたミニバッグには財布もスマホも入っていなかった。たたまれたゴスワンピースからは全てのチェーンが外され、無防備さを感じさせる。 「ここはスマホは持ち込み禁止だよ。外界に連絡したいときは、ほら、あそこにある公衆電話を使う」  公衆電話なんて古いドラマの中でしか見たことがない。私が絶句していると、マリが説明する。 「外の世界とは関わらない方がいいからね。いろいろと刺激が多すぎるんだよ」  3人で話し込んでいると、看護師が話しかけてきた。 「(たちばな)さん、診察ですよ」  うながされた私はナースステーションに入る。 「橘さんね……」  医者は資料にさっと目を通す。 「今回は医療保護入院といって、自分では退院できないんですよ。ひとまず軽いお薬を出すから様子見ましょう」  医師の説明を受け、私は自分が強制入院させられたという事実を知り、父に不信感を持った。
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