第3章 チェリー その③

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第3章 チェリー その③

 母のこと、いつか父に聞いてみようとは思うものの、まだその勇気はない。もしかしたら父を傷つけてしまうかもしれないからだ。  クッキーを焼いている間、香乃はLady GagaのMVをリビングの巨大テレビに映してくれていた。Born This Wayが流れる。自分らしく生きればいいって。このMVはほぼ裸なのに父は見ていいという、美しいからと。  台所からバニラエッセンスの香りがし、さっき食べたばかりの胃を刺激する。 「紅茶いれるね」  そう言うと香乃は、食器棚からウェッジウッドのティーカップとソーサーを取り出した。 「二人で部屋で食べたら?」  お母様に勧められ、香乃の部屋に入る。  まっ白なカーペットにサクラ色のカーテン、ソファーベッドとドレッサーはくすみピンク。  香乃はクッキーを、私はティーカップを木目のローテーブルに置く。 「今日は心愛のために頑張って! クッキーの! 型抜きをしました!」 「そこ?」  私はずっこける。 「そこだよ! だから、ほら、ね?」  香乃がハート型ばかり作っていたのはそういうことかとようやく理解するが、うまい返しが見つからなかった。  香乃もまた、それ以上何をいうわけでもなく、Katy Perryを流す。  二人でクッキーを食べながらふと思う。  香乃が高校で編入してきたとき、私とは真逆のタイプだと感じたのに、一言会話を交わしただけですぐに打ち解けたーー。 「この曲、楽しいでしょ。女の子とのキスはチェリー飴の味がすると歌ってるの」  少し照れながら言う香乃にドキドキしてしまう。 「私、高校卒業したら、世界一周旅行するんだ。心愛も一緒にどう? 二人で旅するの」  おもむろに切り出す香乃の提案に戸惑い、一瞬寂しさを感じたものの、「一緒に」という言葉に安堵する。  そしてこれまでになく香乃を近くに感じた。  香乃は黙って私の左手を取り、私の目を見つめてくる。私は彼女の唇を見る。香乃の右手が私の左頬に触れ、私は目を閉じた。迷いはなかった。  香乃の唇は柔らかくて甘い香りがした。私の顔を両手で包んだ香乃が、おでこをこつんとぶつけてくる。  それまでは、なんとなく男の子を好きになってなんとなく、そのまま結婚するものだと思っていたのに。自分の将来が変わっていくと感じる。  何の違和感もない。全てが自然に流れていく。  香乃が唇を離し、呼吸を整える。私は自分から近づくと、親指で軽く香乃の唇に触れる。 「チェリーの味した?」  私が聞くと香乃は頬をあからめながら答えた。 「うーん、バニラの味がしたよ!」  曲はI Kissed a GirlからTeenage Dreamにかわり、私たちは再び唇を重ねた。
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