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第1章 彼女との出会い その①
彼女の唇は柔らかくて甘い香りがした。私の顔を両手で包んだ彼女が、おでこをこつんとぶつけてくる。まだドキドキが止まらない。
それまでは、なんとなく男の子を好きになってなんとなく結婚していくものと思っていたのに……まさか今ここで女の子とキスするなんて。
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私は黙って空を見上げた。中高一貫の女子校に通い、周りは見知った顔ばかりだが、いまだになじめない。グループで集まってお弁当を食べる昼休みが苦手で、毎日屋上に来る。
3日降り続いた雨のせいで屋上にはいくつか水たまりができている。今日は晴れたから、階段でお弁当を食べなくてすむとホッとする。
両親は私が4歳の時に離婚しており、それ以来私は母とは会っていない。当時の記憶はほとんどなく、母の顔も覚えていない。
必要以上に私を心配する父は「変な虫」がつかないよう、私を女子校に入れて守りたかったのだろう。中高一貫校なら受験をせずのびのびと暮らせるというのは、あとづけの理由な気がする。
女子校は確かに学内では「安全」だが、実際には系列校の男子と付き合ってる子も多いと聞く。
「橘心愛さん?」
一人だと思っていた屋上で、急に誰かから話しかけられて驚く。振り返ってみると、林原香乃が立っていた。
林原香乃は高等部から編入してきた子である。ショートカットで顔つきがキリッとしている。
ベージュのブレザーにギンガムチェックのスカート。そのスカートが短く見えるのは、香乃の背が高いからだろう。
編入時にはバレー部からの勧誘があったという噂もある。
明るくてボーイッシュな彼女は、編入生という物珍しさで目を引く時期を過ぎても、クラスの注目の的となっている。
地味なポジションにいる私には遠い存在に見えた。
「橘さんて髪すっごくキレイ!」
メイクが禁止されていた分、髪の毛には気を使っている。褒められて嬉しくないわけがない。
私は立ち上がる。
「ありがとう。私の名前、知ってたんだ?」
「知ってるよ! 音楽の授業で歌上手いなあと思ってたから」
私の歌を聴いていた人がいたなんて、ますますうれしい。
「橘さんは普段どんな音楽を聴くの?」
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