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十三 死んだ人間
松井が俺に急に指示を出した。
仙波の部屋から出て来るな?
俺は理由を尋ねたかったが、彼女の様子に初日の秋吉のことを思い出し、尋ね返すよりも了承の言葉を出していた。
「かしこまりました」
俺は松井の指示通りに仙波の部屋に入り、松井の言葉を仙波に伝えた。
すると仙波は机の引き出しから小型のパットを取り出して眺め出し、さらに取り出したスマートフォンで甲斐に電話をし始めたのである。
甲斐と外山がこの店に来たのは初日だけで、後は松井と仙波に完全に店を任せて消えている。
今日は単なる置物でお茶くみ坊主でしかなかったが、オーナーの俺は店を開店させてから、彼女達の命令どおりに茶を淹れ、松井の代りに受付に座り、お金の勘定もしていたのだ。
それなのに、いつまでたっても部外者で、いや、最初から俺は彼女達には部外者でしかなかっただろうと自分に認めた。
仙波が、いや、甲斐がこの店に監視カメラを仕掛けていたなど、俺は知らされてもいなかったのだ。
机の上のパッドにはハーブティーを飲む新規客の姿が映っていた。
「あの客が何か?」
俺なりには抑えた声だったが、しぃっと犬のように黙らされた。
仙波怖い。
「えぇ、松井が。カメラではD判定は出来ませんが、確実にCですね」
何ですか? と聞く前に俺を睨んだ仙波が人差し指で座ってろの合図だ。俺はすごすごと仙波の隣の椅子に座り、監視映像を黙って見守ることにした。
受付の松井は扉のオープンをクローズに変えてから飯島に何かを囁き、飯島はオッケーの指のサインをすると荷物を持って店を出て行った。
その姿を確認した松井は入り口に鍵をかけ、客をマッサージルームへと連れ込んだのである。
仙波がパットを叩くと、ぷちっという感じで監視映像の画面が切り替わった。そこはマッサージルーム。松井はマッサージ用の器具やローションを取り出しながら、恐らく客に施術内容の説明をしている所だった。
客が軽くうなずくと、松井は準備に取り掛かるためにか客に背中を向け、客自身は服を一枚一枚と脱いでいく。
俺は若い女性の体にいたたまれなくなって顔を下げた。
「男だったら見たいと思わないのか?」
「男だからって、裸だったら誰でも良いって物でも無いでしょう。嫌ですよ。例え好みの女性でも、隣に女性がいるのに覗き見できる図々しさはないです」
仙波はハハっと鼻で俺を笑った。
「この草食が!」
俺が飯島を大好きな理由がお分かりだろうか。
彼は優しいのだ。
松井と仙波に囲まれたこの店で、彼が俺の完全なるオアシスで、癒しとなるのは当たり前だろう。
「ほら、カッチー、女の全裸だ。せっかくなんだから見ておけよ」
パシっと頭まで叩かれて畜生と頭を上げた俺は、上げるんじゃなかったと後悔した。
「あれは半分死んでいるんだよ」
仙波の声は哀れんでいる音を含んでいた。
若い女性の背中の皮膚はたるみ、一部がどす黒い大きな紫色に染まっている。
「生きていながら死斑が出ているんだ。あれはとても痛いんだってさ。可哀相だね」
俺はその女性の姿を目にして、以前の甲斐の言葉を思い出した。
「副作用は死んだようになるんだよ」
あぁ、お母さん。
パシっと再び頭を叩かれたが、俺は顔をあげるどころか顔を両手で覆っていた。
「可哀相だけど、真実を知るのも大事だからね。カッチー、母親が心配ならね、尚更に目を背けるんじゃないよ」
抱きしめた時の、母のぐんにゃりとした感触。
俺は母の体にぞっとし、母は俺の怯えを知ったのだ。
その翌日から母は家に帰って来なくなった。
俺は俺の為に姿を消した母の為に顔を上げた。
映像の中の全裸の女性は、何かを握っていた。
あれは園芸バサミだろうか。
チっと仙波の舌打ちが聞こえた。
「完全にDでした。おまけにケアの方法まで知っているG。武器に園芸バサミです」
園芸バサミを持った女が松井に襲い掛かる。
「危ない!」
俺は思わず声をあげて部屋を飛び出ようとして、捕まれて転がされた。
「出るなって言っただろ」
殺気まで放って俺を叱りつける仙波に、松井が! と叫ぶ。
松井が殺されると立ち上がって小さなパットを覗くと、映像の世界が一変していた事を知った。
甲斐が女を取り押さえており、手錠ではなく昔ながらの縄で縛っているのだ。それもかなりきつそうに。
それから松井から手渡されたダクトテープを顔にぐるぐるに巻きつけて、画面から消えた松井が再び画面に戻ってきたときに持って来た寝袋にその女を入れてチャックをした。
「あの寝袋、死体袋って奴ですか?」
俺は立ち膝で机の上を覗く格好のまま、呆然と仙波に尋ねていた。
「いくら犯罪者だって言っても、ひどく無いですか?」
仙波は甲斐が乗り移ったかのように、大きくちっと舌打ちをした。
「いいんだよ。死んでいるんだから。あれは死んで人を喰らう化け物だから、あんな扱いをしてもかまわないんだよ」
吐き捨てるように言い放つ仙波の顔は嫌悪と、そして悲しみ? の表情が浮き出ていた。
映像の中の死体袋の中の死体は、いつの間にか俺の中で母に変換されていた。
あぁ、母さん。
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