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十九 日常へのスパイス?
夕紀子の作品にはカギ穴があった。
甲斐はすぐさまその鍵穴にあの鍵を突き刺したが、その結果は甲斐から無さ明けない声を出させるというものだった。
「よっちゃんに俺の携帯から電話して、爆弾処理班欲しいって言って!!」
俺も情けない乾いた笑い声をあげると、彼の言う通りに彼のポケットからスマートフォンを取り出した。そして外山に電話を掛けようとして、おかしな違和感に気が付いた。
「どうして左手で俺のベルトを掴んでいるのですか?」
「俺を見捨てさせないためだ」
俺はチっと大きく舌打をして外山に電話をした。
電話に出た外山は、ざまぁみろと大笑いして、だがすぐに行くからと通話を切った。
俺も通話を切ってふと気が付いたら、一緒に倉庫にいた筈の、案内をしてくれていたはずの、人の良さそうな大学講師が消えていた。
「消えたって事は、あの人も夕紀子さんとグルだったのでしょうか」
「――普通逃げるでし。」
「ですよね~」
甲斐に相槌を打つと、俺はベルトをがっしりつかんでいるごつい手を見下ろした。
「俺も逃げたいんですけど」
「駄目」
「巻き込まれる俺が可哀相だとは思わないんですか?」
「残された俺がもっと可哀相だと思わないのかよ」
俺は割合とナイーブだった警察官と、割合と酷い奴だった外山の救援を心細い思いで待つしかなかった。
外山が派遣した処理班は二十分しないで現場に到着した。
ヘリの音が聞こえたからヘリコプターで出動したのかもしれない。
俺は甲斐に拘束されているので、救いの主が倉庫に飛び込んで来た所からしか分からない。
格好よく表れた処理班の彼らは神奈川県警の機動隊のではなく、なんと本庁の機動隊の爆発処理班だった。
「ここ神奈川県でしょ。いいのですか? テレビでやっている縄張りはいいのですか?」
「だからこそだよ。本庁の刑事がこんな情けない格好している所、県警さんに見せたくないでしょ」
変な体勢の情けない本庁の刑事が教えてくれた。
「君、作業するから安全な所に」
彼らは現状を見るやすぐ様、ありがたい事に、感謝しますと心でも叫んだのだが、俺は甲斐から引き離されて安全地帯に誘導された。
それにより甲斐と処理班がどんなやり取りをしたかわからないが、安全地帯の大学構内の広場では外山が俺を待っていた。
今日の彼は警察官のそれも偉い人らしい仕立ての良いグレーのスーツ姿で、手元にはアイスコーヒーの入った紙コップを持ち寛いでいる。
「東京からここまでって、早いですね。外山さんもこちらの方にいらしていたのですか?」
「いいや。ヘリで来た」
「――爆発処理班とご一緒で?」
「当たり前でしょう。君は機動隊のヘリコプターに乗れる機会が人生で何度あると思っているの。チャンスはモノにしないとね」
子供みたいに目玉をグルット回しておどける外山はやっぱり嘘臭く、俺にはとても怖く感じた。
「水戸井君は大丈夫だったかな」
「はい。甲斐さんにベルトを捕まれていただけですから」
「仕方ないね。彼の側から放して襲われたら困るからね」
ハハハと彼は笑い、首をくいっと動かして広場のベンチに座るように俺に促し、俺は彼の言葉に驚きながら彼と共に座った。
「俺は狙われて?」
「今日は暑いね。君も冷たいの飲む? 俺は奢ってあげれなくて悪いけど、そこに自販あるからね、飲みたかった飲んで。なぜかボタンを押せば先着一名様だけ買えるよ」
彼の指差した先、俺たちの座るベンチの横に自販機が鎮座していた。俺は再び立ち上がり、のそのそと既にコインの入っている自販機からコーラを買うと外山の待つベンチに戻った。
「あの、ありがとうございます。それで、俺は狙われているのですか?」
「普通狙われるでしょ。母親は組織を裏切って警察に駆け込んで、近しい小母は組織から大事なものを盗んだ手配犯だ。君は割合と鈍感?」
よっちゃんは少し失礼な警察官のようだ。
「まあね、甲斐は寂しがりだから本気で君を道連れにしようと考えていたかもしれないけどさ。君は可愛い顔をしているからね。信長と蘭丸みたいに、一緒に炎上?」
外山はいい人を辞めたようで、ヒヒヒっと意地の悪い声をあげた。
「まぁ、君の側には甲斐も仙波もいるし、よっぽど君が馬鹿な事をしなければ大丈夫」
割合と酷い警察官と話していると、右腕を回しながら甲斐が俺達の所に来た。
「生還おめでとう」
「うるせぇよ」
「次は処理班が車で出動して渋滞に巻き込まれるかも知れないね」
甲斐の返しに外山が嘯いた。
「ご免なさい。凄く助かりました。感謝しています」
俺が二人のやり取りに笑っていると、甲斐が怒ったような声を出した。
「あの夕紀子は何考えて生きているんだよ。火薬が古かったから、あれは卒業時に仕掛けたものだろ? 吃驚だよ。鍵挿して引いたらコードが数本見えてね、慌てて戻したから良かったけどさ、強靭なバネがビョーンて押し出して来るの。あのまま抑えてなければ弾けてドカン。コードに気づかないで引っ張ればそのままドカンって寸法」
ここまで言って甲斐は、大学校舎にクルっと振り向くと、近隣中に聞こえる程の大声を張り上げた。
「あのくそアマ! ふざけやがって!」
訂正だ。ような、ではなくかなり彼は怒っている。
「うわ、本当に爆弾だったんだ。凄いね」
間抜けな声をあげた外山は、楽しそうに笑い声を立てた。
「それだけかよ。俺も大した事ない爆弾だと思ってたら処理班に聞いて吃驚よ。あの倉庫ぐらいは吹っ飛ぶってさ。何あれ、なんで十数年前の二十歳そこそこの学生さんがあんなの製作しているの? お前の現役時代じゃないの。ちゃんと危険人物は管理しとけよ」
外山をかなり罵倒している所をみるに、甲斐は夕紀子の爆弾がよほど堪えたらしい。
でも、現役?
「なんですか? その現役って」
「あ? お前にゃぁ関係ないよ。それで、夕紀子がこんなことした目的ってわかるか?」
「芸術は爆発?」
バシッと頭を叩かれた。
「もっとひねろ」
俺は母が言っていた砂糖壷のラベルを再び思い出した。
「日常に毒があるって楽しいなってことでしょうか」
俺がぼそっと呟いて見たら、それで行こうと甲斐が答えた。
「面倒だが、もう一度夕紀子の実家を捜索だ。水戸井、いいだろ?」
甲斐の言葉に少し引っかかった。
「店の時もそうでしたが、どうして毎回俺に、いいだろって聞くのですか?」
それに答えたのは外山だった。
「君が持ち主だからだよ。浜野家は君が相続人に指定されている」
「どうしてですか?」
俺の質問に、甲斐は面白くもなさそうに、いや、何の感慨も持っていないという風に答えた。
「そんなの、お前が夕紀子の子供だからに決まっているだろ」
俺は頭が真っ白になりながら甲斐と外山に引っ張られるように浜野家へ連れて行かれた。
それでようやく合点がいった。
どうして母を裏切った夕紀子の隠し物を俺が知っていると彼らが思い込んでいたのか。
実母の犯罪に俺も関わって暗躍していたと思われていたのだ。
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