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二十 事件現場となった家
浜野家は閉ざされて、住宅街でそこだけ真っ暗に見える様相だった。
警察の黄色いテープが入り口どころか家をグルっと取り囲むように貼られ、制服警官が見張りに立っているという有様なのだ。
おどろおどろしい物が潜んでいると、声高く宣伝しているような舞台設定だ。
「ここで、何が起きたのですか?」
「うん? 捕り物、かな」
軽く答えて甲斐はテープを乗り越えて入っていく。
え? それだけ?
彼はちゃんと警察官だったようで、警察バッジを外山と一緒に制服警官に見せ付けていたのだ。けれども、あの見せ方は厭らしかった。片腕でぎゅっと制服警官の肩を抱いてぐいぐい見せ付けるなんて。彼は上から言われたとおりに甲斐達の来訪を上に確認しようとしただけなのに。
「特権乱用ってか、酷い事するんですね」
ヒヒヒと外山は笑う。
外山は警視で甲斐が巡査部長だった。
二人で巡査の制服警官を「上に黙って入れないと昇格させないよ、邪魔するよ」といたぶったのだ。何て酷い人達だろう。
「ほら、水戸井君。上がるときは靴カバーつけてね」
玄関前で外山にビニールのシャワーキャップのような物を渡されて、俺は意味がわからず首を傾げて玄関ドアを開けて、そして直ぐ様理由を了解した。
幼い頃に夕紀子に連れられて遊びに来た家は記憶のままのものであり、記憶に無い有様を擁していたのだ。
玄関を上がって居間も台所も何事も無いが、階段下から一階の寝室、そして二階の二部屋が血の海であった。いや、血の海だった染みの痕だ。
「捕り物って、血まみれですよ」
玄関からも見える血の染みの跡に、俺は怯えながら靴カバーを装着した。
血が付いたら死の呪いという汚染を受けてしまうと脅える程の、この家は死しかないお化け屋敷のような有様なのだ。
「警察が血塗れにしたんじゃないよ」
外山の答えに、俺は尋ね返していた。
「夕紀子さん、ですか?」
「違うね。これは腐れ玉製造会社の方。夕紀子を脅すためにこの一家を惨殺だね。俺達が捕まえたのはその惨殺者の方。瓶を盗んだ報復だろうね」
俺はほっとしていた。
こんな惨状を招いたのは夕紀子だが、実際に手を下したわけではないと聞いて俺は少し救われたのだ。
実の母親が実の祖父母に叔父夫婦まで惨殺していたとしたら、それはとてもきつすぎるよ。
「それで、水戸井。お前はここで夕紀子が物を隠すとしたらどこだと思う?」
それには外山が答えた。
「まず、夕紀子の部屋だったという一階の部屋じゃないか?」
当たり前だ。
俺達は一階の血塗れの寝室の向かいとなる、夕紀子の部屋へと入った。
洋風の家に似つかわしくなく、夕紀子の部屋は六畳間の和室である。
彼女が高校生の時にこの家は建てられ、彼女は自室を和室にする事を主張したのだと聞いた事がある。
和室には天袋や引き出しが色々あるのだと考えれば、隠し扉や空間が好きな彼女が和室に拘るのは当たり前なのかもしれない。
「ざっと見て、鑑識も入って、それでも何も無しだったんだよね」
「だよねぇ。俺も入って確認したから、無いはずだよ」
甲斐と外山がぶつぶつ話し合っている。
「見落としてんじゃないのか。あの店の金魚や金庫にレジスター。外山さんよぉ、外回りしないから勘が鈍ってんじゃないの」
「うるさいよ。あそこはお前が権利関係きっちり調べてなかったの知って、途中で慌てて引き上げたんだから仕方が無いでしょ。ここは畳も剥がして床板も調べたもんね」
「あの女、ふざけていただけかもな。あぐりは製造方法を、自分は卸元を知っているって吹いていただけのような気がしてきたよ。あの爆弾もね。学生の頃のでしょ」
俺は夕紀子の部屋にペタンと座って、彼女の事を思い出そうとしていた。
幼い頃、急に夕紀子に浜野家に連れて来られたことがある。
そこに住む夕紀子の両親に挨拶しても重苦しい笑顔が返るだけで、浜野家の人達がとても感じが悪いと子供心に感じたと思い出していた。
今は理由がわかるけど。
そりゃ、娘の養子に出した子が帰ってきては嫌だっただろうね。
彼らは俺の姿を見て、違うな、夕紀子に追い払われて全員が外に出てしまったのだ。
夕紀子が俺と「親子ごっこ」するために。
彼女が僕を一人連れ出すときは、「親子ごっこしよう」と誘い、彼女をママと呼ばせていたのはそういうことだったのかと、全然不思議にも思わなかった事に少々へ罪悪感が湧いた。
「お前は全部を奪う」
早苗は自分の子供同然と言える事業を母に奪われた。
俺という子供を自分から奪ったと、早苗のように夕紀子は母を恨んでいたのだろうか。
だから、母を貶め、母を地獄に引き込んだ。
違うな、俺は彼女を慕ってもそれだけなのは、彼女が薄情なことを知っているからだ。
残酷で、薄情。
彼女が好きなのは自分だけ。
俺が一番の母とは違う。
いや、本当にそうか?
夕紀子は俺に一番喜んで欲しいと、様々なものを改造し、俺の興味を引いていたのではなかったか。
この家に連れ込まれた時、彼女は俺に何と言っていた?
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