二十二 夢うつつ

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二十二 夢うつつ

 誰かが俺の胸に頬を摺り寄せている。  頬の温かで柔らかい感触と、冷たい髪の毛が肌をくすぐる感触に俺はそっと目を開けようと試みた。 「あれ、目が開かないよ」  瞼は重く、喋った自分の声も間抜けな響きがあった。  くすくすとそんな俺を笑う軽やかな声が聞こえる。  そっと、口元を柔らかい何かが掠める。  再び重いまぶたを開けようと意識を集中すると、中々開かなかった瞼が薄目位なら開いた。  すると、黒い髪に縁取られた美しい顔が優しく怪しく微笑んだ。  彼女の微笑の魔力によるものか、グラグラと頭までもが揺らぎ、目が自然に閉じた。  すると、唇を掠めるように再びキスを奪われたのだ。  奪われても望みが適ったともいえる嬉しさの中、俺は瞼も腕もどうしてこんなに重いのかと思いつつ彼女の頭を両手でつかみ、瞼を開けれないままに自分の顔に引き寄せた。  自分の唇に押し付けた彼女の唇は貪欲になり、俺を貪り喰らう勢いでどんどんとキスを深めていく。  俺は彼女の頭からゆっくりと体の方へと自分の手を移動していく。  滑らかな背中に細い腰、そして丸く柔らかいお尻。  何と言う事だ、彼女は何も着ていない。 「どうして、こんなにも腕が重いんだろう。もっともっと触れたいのに」  フフフっと嬉しそうな声をあげた彼女は俺の手を取って、自分の乳房に触れさせた。  手のひらに重く柔らかく、そして丸く大きく、触っていたお尻よりも硬い感触の美しい夢にまで見た乳房。  触っているものを確かめたいのに、ああどうして俺の目が開かない。  これが夢でしか無いからか。  それでも、と、力を込めて瞼を再び開けると、やはり薄目による霞が掛かった世界でしかない。だが俺にはほんの少しだけだけど見えた。  それは、俺の胸の上に乗る白い美しい乳房と、俺に微笑む大好きな美しい顔。  俺はその映像に満足して力を失う。  再び瞼は落ち、俺の両腕だって彼女から落ちてポスンと布団を打った。  無防備な俺に彼女の手は俺の瞼を、頬を、胸を、そして秘所へと撫でながら下りていく。  彼女の唇による口付けと共に。  そこで気づいた、俺も全裸だ。  だが、恥ずかしさはない。  大好きな彼女のなすがままに身をゆだね、彼女の願うように体を出来る限り動かした。 「体が重くてこれ以上は無理だよ」  クスクスと笑い転げる彼女は俺に囁く。 「もうちょっと頑張って、克哉」 「何をやっているの!!」 「母さん!!」  パッと目が開いた。  俺が目覚めたのは浜野家ではなくて、店だった。  それもマッサージルーム。  俺はそっと自分の手で自分の大事な所を確かめて、大事な所にダイレクトに自分の手が触れていたことに情けなくて笑い声をあげた。 「ははは、俺、全裸だよ」  夢精していなかった事には感謝したが、全裸の頼りない身の上に震えてしまった。 「何が、どうして俺は全裸なのかな? 俺は自分で服を脱いじゃう癖があるのかな?」  自宅ではない場所で、全裸な自分はどうしたら良いのかとびくびくと不安に陥った。  電気を止められていたこの間は、俺は熱中症で家で倒れてしまったが、気が付いたその時も全裸姿で風呂場で転がっていたのである。  そして昨年などは、里帰りした姉に再会した翌朝に、俺は全裸で目覚めたのだと思い出した。  久しぶりに姉と会ったからか、姉との厭らしい夢を見て、ベッドの中で夢精までしていたという、絶対に誰にも言えない過去だ。  いや、言ってしまった。 「どうした? 水戸井。朝からぼーとして。レポートで徹夜か?」  冬休み前の最後の人気教授の講義が全く身に入らない所か、俺は教授が退室しても一人でぼけっと座ったままであったと、当時の友人は俺をつつきながら尋ねてきたのだ。 「いや、あのさ。変な夢を見てさ。どうしようかって」 「何よ? 変な夢って」  俺は彼に話すべきか逡巡したが、つい話してしまった。内緒にするには生々しい夢で誰かに笑い飛ばして欲しかったのかもしれない。 「姉さんがさ、昨日急に里帰りって帰って来たんだけどね。俺さ、嫌らしい夢見ちゃったの。それも実の姉さんとだよ」  彼は笑い飛ばすどころか、普通でしょと、真顔で答えた。 「普通なの? 実の姉だよ」 「水戸井の姉さんは物凄い美人じゃない。想像はするの普通じゃない? 逆に水戸井がそっち系の話できない奴かと思っていたからなんか安心した」 「安心した?」  その時の俺は彼のお陰で安心して自宅に帰ったが、姉は既に去っていた。  あの高瀬の所に。  俺が自分のろくでもない夢で「合わせる顔がない!」と姉を邪険にして、逃げるように大学に行ってなければ、姉はもう少し長く家に滞在していただろうか。  そうしたら、あの高瀬と離婚するように仕向ける事もできたのだろうか。  はくしゅ。  くしゃみが出て思い出した。  俺は全裸だ。  そして何気なく部屋を見回して、脱ぎ散らかした服が無い事で自分が脱いだ訳ではないと理解して、そして、この部屋って監視カメラが付いていたなと、すごく嫌な気持ちで思い出した。  それも仙波の部屋で観賞したことがある俺としては、画像がかなり高性能の奴だと知ってさえもいるのである。 「松井さぁん!」  俺は半オクターブ高い声で助けを求めていた。
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