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二十三 なんのプレイ?
マッサージルームの真ん中で裸で脅える、俺。
とりあえず松井に助けを求めたが、それで服が天井から降って来るわけはない。それどころか、この部屋にはどこに仕掛けられているかわからないが高性能カメラがあるのである。
俺は全裸の体を隠すために、きゅっと、とにかく体育座りで団子のように丸くなる。
そこで足元に気づいたが、俺は靴下だけは履いていた。
これは甲斐の趣味か? 松井の方か? あるいは仙波か?
比呂だったらどうしようかと考えた頃に、ガチャっと部屋のドアが開いて松井がにこやかに入ってきた。
俺の着ていたスーツを抱えている。
「良かったよ、お前は体におかしな点が無くてさ」
ドアを開けて服を持って来た松井が、そう言いながら服を俺に放った。
「お、おかしな点って?」
しどろもどろになりながら、受け取った服を抱きしめる。
「いいから、早く着なよ」
「人が見ている所で、裸な俺は動けません」
松井は両手で口元を押さえてクスクスと笑い転げ、俺は彼女のその様子に、やはり、と思った。
「仙波さんの部屋で、もしかして俺を観察していた?」
「うん。仙波と比呂と三人で。うんうん色っぽく寝てたカッチーも可愛くて良かったけど、目覚めて夢精していないか確認していたお前の姿には、もう、全員で大爆笑させてもらったよ」
「比呂さんまで? 酷いよ!」
「気にするな。私なんて生で全部しっかり確認した。カッチーは意外と毛深いな」
がっくりとした俺は、松井の目の前だろうと、もう羞恥に塗れているのだと、服を着始めた。
これがトラウマになって、俺は一生女の子と朝日を拝めないなぁと、ぼんやりと考えて、涙が一粒落ちたかもしれない。
「お前さ、甲斐が来いって声かけたのは外山なのに、お前が入っちゃったんだって? 入って気絶しちゃうから引きずり出すの大変だったってさ」
「お前も早く来いって言ったから。じゃあ名前で呼んでって、ですよ」
くすくす笑う松井に、俺はむくれながらぶつぶつと反論した。
「でも、まぁ、お前の活躍で製造場所がわかったらしいってね。良かったじゃない。あとはお気楽な生活に戻れるよ」
松井は俺の傍に来て、シャツのボタンを留めながら慰めてくれたが、俺はそうだなと思いながらも、嫌だな、と思い始めていた。
今の俺は、毎日、毎日、誰もいない部屋に戻って、空っぽの空間に体を丸めて眠るだけの毎日だ。
ボタンを下まで留めて動く彼女の頭が揺れる。
長い栗色の髪は緩く天辺でまとめているので、頭が動くたびにふわふわと飛び出た残り毛が揺れているのだ。
夢の中で俺の胸をくすぐっていた、真っ黒で艶やかな姉の長い髪の毛。
「松井さん、ありがとう」
松井は俺を見返してフフっと微笑んだ。
目元の黒子が彼女の顔を一層優しく見せる。
俺には貯金があるとしても、あと二年学費を払って生活したら空っぽだ。
アルバイトが必要だから、君はウチにはいらないよと、言われ続ける行脚の毎日にまた身を投じなくてはいけない。
どうして俺は雇ってもらえないのだろう。
俺は変なのかな。
「俺は変かな?」
「変じゃないよ。可愛いよ」
松井の返事に嬉しさと、彼女がいなくなった寂しさをより強く感じてぼんやりとした。
「どうした、カッチー? 気楽な生活が戻って嬉しくないのか?」
松井が俺を慮っている。
滅多に無い先程からのその優しさに、俺は、松井さんがいなくなるじゃないと、ぼそっと口に出して言ってしまった。
「いや、いなくならないし。てか、な、何言ってんの」
松井が真っ赤になっていた。どうした? でも、何時もより気安そうで、俺もつい思っていることを彼女に伝えてしまった。
「捕り物終わったら、松井さん達はいなくなるでしょ。俺、家族も友達もいなくなっちゃったから、なんか、また独りになるのが、何か、辛いって。なんか松井さんや仙波さんにいじられるの楽しいなって」
何も言葉が返ってこないので、俺程度の相手に重いことを言われて困っているのかと顔を上げたら、松井は涙をポロポロと流していた。
「ごめ。えと、何か、えっと俺が余計な事言っちゃった。ゴメン」
慌てて日本語にならない言葉を繰り返して、ティッシュボックスを引き寄せようと手を伸ばしたら、手を広げた俺の内側に松井がすっぽりと入って来て、そのまま松井に抱きつかれてしまった。
「カッチーを一人にしないよ」
彼女は俺のために泣いていたのか。
胸が熱くなって嬉しさで一杯だ。
でも、抱き返すべき?
「結婚しよう。あたしがお前の家族になってやるから、カッチーは一人じゃないよ」
あれ? え、ちょっと待って。
「俺、あの、まだ結婚したくない。稼ぎ無いし。無理」
「わかった。今日から婚約者だね、あたし達」
がばっと涙目の顔をあげた松井はぷくぷくしていて可愛らしかったけれども、え、婚約はちょっと無理、てか、え?
「今日から荷物持ってカッチーの家に住むから。気にしないで、あたしは元々家が無いからさ、今は元同僚の所で居候してんの。いやー。今日から私にも部屋があるのね。うれしいなぁ。一緒に帰って、途中で合鍵作ろうね」
松井は俺の口にチュッと軽く口づけると、スキップするかのような足取りでマッサージルームを出て行った。
どうしよう。俺。
俺は思わず甲斐に電話していた。
「何? どうしたって?」
凄く不機嫌な声で応答してきた。
「俺、松井ちゃんと婚約した事になりました」
「おめでとう」
ぶつっと通話が切られ、俺は本当に一人ぼっちを噛みしめていた。
どうしよう。
そうして、ファーストキスも奪われていた事にも気がついた。
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