二十九 本当の事情

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二十九 本当の事情

「いつの間に」  俺には人の気配なんか感じなかった。  そして突然現れた彼らが侵入者の俺達を誰何する間も無く、甲斐こそ自分が警察であることを名乗らず、ただ甲斐はジャキッと音をさせて金属の棒のようなものを払うように伸ばすと、その男達に無言のまま襲いかかったのである。  それは一瞬で豪快だった。  鞭のようにしなる金属棒は向かって右側の男を下から上斜め右に弾き飛ばし、左の男の繰り出す手刀を避けて、返す刀でその金属棒をしたたかに打ちつける。  二人の男達は大きな音をさせながら、大きく甲斐に弾き飛ばされて床に沈んだのである。 「ほら、早く来い。こいつらは死なないから痛みを強く与えないと動きを止めないんだよ。早くしないと動き出すぞ」 「え、死人なの? え?」  倒された男達は普通の人間と変わらない。  甲斐はそんな彼らを手際よく腰縄とガムテープでくくっていく。  その左腕のガムテープはその為だったのですね! 「お前も手伝えよ」  俺はヒイイとなりながらも、甲斐の言うとおりに甲斐が縛った男を渡されたガムテープで拘束することとなった。現実ではこんなことをさせられれば、相棒になれたなんて、そんな漫画かドラマの主人公みたく考えないものだ。俺は数分前までの甲斐への感傷も忘れ、彼に聞こえないように罵りながら生きる死体をガムテープで拘束していた。  しなければ俺が怖い目に遭わされるだろうから、甲斐に。  さて、死人二人を完全に拘束し終えると、甲斐は何事も無いように再び歩き出した。 「ねぇ、その武器は何ですか?」  甲斐は右手に持つ金属棒をチラッと見ると、ヒュウっと動かした。 「うわぁ。あぶない」  俺は彼の側からひょいっと離れると、甲斐は悪戯そうな表情でニヤっとした。 「ただの特殊警防だよ。一般人が持っていたら即逮捕の」 「そ、そんなもので思いっきり叩いて、相手は本当に死人なんですか?」  俺はスタスタ先を歩く甲斐を追いかけながら彼に問いかけた。  だって、生きてる人にしか見えないじゃないか!  死人って麻薬中毒患者に対する隠語だったの?って思いかけているのだ、俺は。  甲斐は俺の質問に答える気は全くないみたいで、教室から飛び出てきた男に向かっていき、そのままその男を大きく打ち据えた。甲斐は警棒で軽く打ち払ったように俺には見えたのだが、打ち付けられた男は飛び出てきた教室の扉ごと大きなガシャーンという壊れる音を響かせながら教室側に転がっていった。  甲斐は倒れた血塗れのそれを先程と同じように拘束すると、目指しているらしき方向へと再びすたすたと歩きだした。 「どこに行くのですか?」  今度も俺の質問は無視されると思いながらも、それでも俺は彼に声をかけた。  しかし、甲斐はこの質問には答えてくれた。 「黒幕の所だよ。俺はそいつを捕らえに来ただけだからね」  彼の辿り着いた先は、「校長室」だった。  学校で一番偉いのは校長だ。  だが、敵が間抜けにも校長室で襲撃者を待っているとは思わなかった。  馬鹿馬鹿しくて笑いが出る。  俺の考えを読んだかの様に、甲斐が投げやりな声を出して言い捨てた。 「馬鹿馬鹿しいだろ。けれどこれが死人なんだ。死んで頭の回転が駄目になるのかね、臨機応変に動けないんだ。胸糞悪い事は計画してこつこつと実行できるのにね」  甲斐がガラッと校長室を開けると、俺も見たことがある顔が出迎えた。  俺は会社パンフレットの写真で知っているだけだが、アルバイトで最初に落とされた会社の社長の鳥羽真治だ。  そのアルバイトは「夏季講習の為の合宿派遣スタッフ募集」だった。  夏休み期間中に一ヶ月拘束で三食付で二十五万円、募集要項を読んだ時に俺は天からのアルバイトだと思ったのだ。 「俺が落とされたアルバイト先の社長だ!」 「お前、落とされてんのかよ」  ブフっと甲斐が噴出した。  緊張感などあったものじゃない。 「あなた達は、夏期講習の小学生を殺して食べていたのですか?」  俺の大声には、甲斐だけでなく黒幕まで大笑いだ。  そして、俺の誤解を解いてくれたのは甲斐だった。 「違うよ、お前は雇われたら死人にされていただけだよ。工場には人手がいるだろ? お前が落とされたのは身元がしっかりしているからだな。変化したら騒がれる。それと同じで、講習用に廃校を借り出していれば腐れ玉の製造も怪しまれずに騒がれない」 「どうして怪しまれないのですか?」  甲斐は本当に嫌そうに吐き捨てた。 「製造の原料が未成年の子供の胎児を使うからだよ」  外山達が担当したと言う胸糞悪い被害者は、未成年の妊娠した少女達を保護する事かと合点がいった。確かに胸糞悪い後処理になるだろう。  そんな状況を作った黒幕、鳥羽真治は顔に商売人のいやらしい笑顔を作った。 「家出して妊娠して家に帰れない子達だ。ここに来れば彼女達は更正のためのお金も貰えて堕胎も出来るのです。私は社会福祉をしているつもりですけどね」 「それでどうして工場になるんですか? 一々妊娠した子供を見つけるのは大変では?」 「リピーターと口コミだよ。お金が貰えて問題解決もしてもらえる。これは君の更正のためだよ、全て内緒にして頑張りなさいね。とでも言い含めて送り出すんだろ。馬鹿な子は再び妊娠して自分からここに舞い戻る。内緒だよって同じ境遇の友人にも教えるだろ。成長して自分と同じような子を見つければその子供にも教える。そして自分自身も金が貰えるからと、成人になっても望まぬ妊娠をすれば戻ってくるってね。原材料が勝手に集まってくる工場だ」  鳥羽は甲斐の説明にフフっと笑い声を立てた。 「誰も困っていないでしょう。望まない妊娠をした子供は中絶でもなく子供がお腹から消えて無くなるだけです。悩み事と一緒にね。彼女たちは体が健康なまま未来を生きれる。慈善活動の何者でもないでしょう」 「それを数度繰り返した馬鹿な子供の体はどうなってしまうのだろうな」  鳥羽は口先だけでハハハと笑い、その笑い方に鳥羽は死人だと俺はようやく認識した。  そして、俺は思い出す、母に隠れて俺に会いにきていた夕紀子の空虚さを。  甲斐から聞いた母の会社を辞めた頃から、俺は彼女に違和感を抱いていた。  きっと彼女はその頃から死人と化していたのだと寂しく思い返した。  そんな俺の物思いを破ったのは、鳥羽の台詞だった。 「残念ながら私達の仲間入りですね。ですが私達はちゃんと彼女達に説明しているのですよ。何度も繰り返したら体が死んじゃうよって」 「その人達はどうなっちゃったのですか?」  俺の質問に鳥羽は目を細め、いやらしい微笑を浮かべながら言い捨てた。 「よく知っているだろうに」 「え?」 「君のお母さんはいい見本だね。死人になったら仕方がないからザクロを分けてあげるんだよ。アフターケアって奴だね。もちろん幾らかは払ってもらうけどね。このシステムを回すにはやはりお金は必要なんだよ」  チッ。  甲斐が舌打ちの音を立てた。 「それであぐりの店だよ。夕紀子のせいで一般人にも広められたけどね、腐れ玉の売買には丁度いい隠れ蓑になるからって、利用する事にしたんだよな」 「夕紀子にも困ったものですよ。何度も私達の所に来て、最後には自分のザクロたちを抱えて逃げ出して。ザクロにもね、使えるものと使えないものがあってね。浜野夕紀子のザクロは毒にしかならないモノだから困ったものだよ」 「毒にしかならないモノって、どういうことですか?」  鳥羽が意地悪そうに目を煌めかせ口を開いたその時、間の抜けた声が被さった。 「なんだぁ、お前らはコイツの事を知っていてアルバイトを落としたのか」  甲斐の気軽な物言いは俺の古傷をえぐり、それにハハハと声を出して笑う鳥羽は、俺に止めを刺した。 「親の素行が悪過ぎますから」  死人に親の素行を詰られてアルバイトを落とされる俺って何だろう。  ハハハと俺も乾いた笑いが出てきたが、そこで気が付いた。  彼らが俺が夕紀子の子供だと知っている事実と、夕紀子が彼らの工場どころか製造法も知っていたと言う事実を。 「甲斐さん達が、甲斐さんが俺に話していた事は、嘘ばかり、だった?」
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