三十 死人は括って墓穴に落とせ

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三十 死人は括って墓穴に落とせ

「甲斐さん達が、甲斐さんが俺に話していた事は、嘘ばかり、だった?」  バシっと頭を甲斐に叩かれ……違った。  彼はバシッと俺の頭に手を乗せただけだった。 「必要悪って知っているか? 死人は生き返りたいから人を喰う。目を瞑るのさ。馬鹿な子供が一度や二度腐れ玉を産んだところで害にならない。こいつらは人を喰わずに生きていける。そして、生者の俺達は腐れ玉の購入者を監視する事で死人の管理が出来る」 「その通りです。私達は上手くやっていた。それなのに今回のこの一方的な攻撃は心外です。あなた方はせっかくの私達のバランスを崩すつもりで?」  会社説明のパンフレットと同じ、つくり笑顔にしか見えない笑顔で鳥羽は微笑んでいる。  俺は頭に重い甲斐の腕を乗せられて頭を下げられているが、頭を少し傾けて甲斐の顔を見上げた。  甲斐もにっこりと笑っていた。  目は笑わず口元だけだ。そのスマイルマークのような笑顔に俺は背筋がぞっとした。 「バランスなどなかったと俺達は気付いたのですよ。浜野一家の惨殺は人間の所業じゃなかった。俺達はね、あの現場に竦んだのですよ。人間じゃないあんたらが本性を出したら何が出来るか思い知ったんだ。それで、昔ながらの方法に戻す事に決めたのさ。即ち、死人は見つけたら括って墓穴に落す」  ハ、ハ、ハと作った笑い声と人形のような笑顔で、同じ人間ですよと鳥羽は返した。 「元は同じ人間です。あなた方はしないだけで同じ衝動を抱えているじゃ無いですか。それも、しないのは社会が許さない仕組みになったからなだけだ。ちょっと前までは簡単に同じ人間同士でいたぶり合っていたじゃないか。少年法で裁けないと高を括った未成年達の残虐な行動は私達の起こせる行動そのものだ。それにね、知っていますよ。あなた方が死人を捕らえる時の容赦なさを。浜野家は仕方がなかったのですよ。言ったでしょう、夕紀子のザクロには毒があると。浜野家は仕方がなかった」  甲斐は首を振りながら、鼻からフッと息を出した。 「他にもね、いくら夕紀子が屑でもね、あんたらのせいで死人化して連鎖反応のように殺しが起きてしまった。もうお終いだよ。おとなしく黄泉平坂に帰ろうか」  甲斐は警察バッジも逮捕状も出さずに金属棒で鳥羽を殴り飛ばし、縄で雁字搦めに縛りつけた。それから鳥羽を引きずるようにして元来た道へと、ずかずかと鳥羽の重さなど感じ無いかのように歩いて行った。  俺は慌てながら甲斐を追いかけ、彼はどこに行くのだと尋ねていた。 「あぁ? 駐車場だよ。犯罪者は連行するものだろ」 「あ、そうか。それで、あの、連鎖反応のように殺人が起こったって、浜野家の大虐殺以外でもってことですよね。他にも誰かが殺されたのですか? もしかして、母が関わっていたりしますか?」  鳥羽を引きずり歩く甲斐に恐る恐る尋ねると、彼は俺をチラッと見て舌打ちをした。 「聞き流せばいいだろ。知りたくもない事は知らないままでいいじゃあないか」 「そんな風に言われると、尚更に気になるじゃないですか」  ボソボソと呟くように抗議すると、彼は後で話すとだけ言って再び歩き出した。  小学校の駐車場には黒塗りのワンボックスカーが一台止まっていた。  甲斐は荷台に鳥羽を乗せ上げると、車内の鎖で固定してある首輪を鳥羽の首に嵌めた。鎖は短いから起き上がれない仕組みだ。顔中をガムテープで巻かれて後ろ手に縛られた上にこの鉄の首輪とは、いくら犯罪者でもひど過ぎないか。 「あなたは本当に警察官なのですか?」  ハハっと甲斐は乾いた笑い声を上げた。 「当たり前だろう」 「だって、これじゃあ」 「俺はね、警察の公安の方の人。テロや組織犯罪を未然に防ぐべき日夜戦うおまわりさんなの。だったの。最近は死人の処理ばかりで嫌になるよ。良いよなぁ、よっちゃんの時代は普通の公安仕事の方が多くてさ」  彼は車のハッチを占めると再び校舎の方へ歩き出し、数歩歩いた所で止まって俺に振り向き戻って来た。 「おい、何をぼーとしているんだ。お前も一人くらい運べよ」  え? 「後三人も俺一人にさせるつもりかよ。手伝え!」  出会った頃のヤクザのような怖い人は俺の首根っこを掴むと、最初に転がせた二人の死人がいる所に連れて行った。否応も無い俺は、肉体労働が不得意の俺は、ヒイヒイ言いながら一人を抱えてワンボックスカーまで運ぶしかなかった。 「非力だな、俺が鍛えてやろうか」  声に後ろを向くと、死人の首根っこを掴んで二人を引き摺っていた。  引き摺られた二人は摩擦で擦られたか、スーツが破れて弾力のない皮膚が露出しているのがわかった。 「いくらなんでも被疑者にこんな扱いは、人権保護とか、何とかがあるんじゃないですか。マスコミとかに騒がれますよ」  ハハハっと甲斐が声を上げて笑ったが、かなりやけっぱちな笑い方だ。  俺は大きな彼の声にビクッとした。  この笑い声に、何か鬼気迫ったものを感じたのだ。  彼は俺の真正面に顔を突き出して、爛々と輝く瞳でねめつけて答えた。 「こいつらは死人なんだよ。ゾンビなんだよ、死んだ奴には人権なんか無いんだよ。被害者だってもな、死んだら、どんなに誹謗されてもな、声を上げる事なんてできやしないんだよ!」  俺はそんな甲斐に、そうですね、としか答えることが出来なかった。
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