三十四 真相

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三十四 真相

 俺は死ななかった。  死んだのは姉だった。  俺の電話に飯島は義理の娘のために家を飛び出して、帰宅途中の甲斐と共に公園に走ったそうである。そうして駆けつけた二人が見たものは、腹から血を流して半死半生の俺と、そんな俺を膝枕しながら死んでいる美奈子の姿だった。  彼女は死人でありながら死ぬ事ができたのだ。 「ありえないよ。いままで死人の相手をしてきて、死んだ死人なんて初めてだよ」  甲斐は俺の枕元で怒ったように呟いた。 「死ねて良かった、じゃないんですか? 姉さんは辛いって、息が出来なくて辛いってずっと言っていました。だから俺を食べたいと。でも、どうして俺を食べなかったんでしょうね。ずっと膝枕して俺の頭を撫でていました」  甲斐は大きく息を吐くと、見舞い客用のパイプ椅子を引き寄せて、そこにドカッと座りこんだ。 「死なないと食べれないんだよ。それがルール」 「何でですか?」 「知らねぇよ」  甲斐は吐き捨てるように言った後に視線を外に向け、そしてぽつぽつと語り出した。 「他人の寿命が生命そのものになるのだとさ、専門家によるとね。寿命途中で死んだ死体を喰らう事で、その死んだ奴の寿命を奪えるってルールらしい」  甲斐の語るルールに、俺は違和感を覚えた。 「それじゃあ、死人同士が共食いしあえば双方が生き返るのでは」  ハハハと面白くも無い乾いた笑い声を甲斐は響かせた。 「百年以上生きた死人じゃ寿命がマイナスじゃないか」 「それじゃあ、共食いしたら死んじゃいますね。でも、死人ではなくなるのだからチャレンジすればいいのに」  俺の言葉に甲斐が、こいつは性格が悪いよなと呟いた気がするが、彼は俺を真っ直ぐに見て言った。 「奴らは生きたいんだよ」  それから彼は真面目な顔をつくると、俺に死人の説明し始めた。 「人食いをした奴らはね、生き返りを体験するから死ぬ気がなくなるんだよ。期限付きだが不老不死の存在になるからね。だから人喰いを覚えた死人は怖いんだ。出来る限り生者でいる時間を延ばすために被害者を拷問するんだよ。拷問された人間は純粋に生にしがみ付くだろ。生に執着すればするほど奴らが喰らった時に無駄なく寿命を手に入れられるんだそうだ。事故で即死したようなのは意味がないんだってさ」 「最低なルールですね」 「そうさ、だから俺達がそいつらを捕まえて地獄に送っているのさ。死人じゃ裁判も出来ないから秘密裏にね」  本来公安はテロなどを捜査する組織だったが、おかしな人の動きを調べると死人に突き当たることが多く、公安自体が秘密裏に動ける特性もあることから、死人退治が職務に組み込まれてしまったという事らしい。 「いい迷惑だぜ。まぁ、それでな、俺達に捕まりたくないけど生き返りたい死人が考え出したのが腐れ玉だ。妊婦の胎児に死人の血を入れて死人化させるんだよ。胎児の細胞は人体を作ろうと活動が活発だ。生命力そのものだろ。ぶどうっ子って知っているか? 妊娠中の胎児が癌化して、ぶどうの房のような形になってしまう病気だ。死人の血を入れられた胎児はそんな風に変化してしまうんだよ」  あの腐った魚卵のような肉塊が、腹の中に詰め込まれている映像が頭に浮かび、そしてそれを喰らう人間の姿まで想像して気分が悪くなった。 「動けないし、水も飲めない怪我人に、そんな気色の悪い話をするのを止めて下さい。俺はもうイクラを食べれないかも」 「死体に平気で膝枕されていた奴が」  甲斐のデリカシーのなさにむっとするが、姉の姿を思い出し姉が妊娠していなかったと思い出した。  抱きしめた彼女は昔のままに細かったのだ。 「姉さんは妊娠していなかった。お腹が大きくなかった。来月に出産のはずなのに」  バシッと頭を枕に押さえつけられた。  甲斐は黙れと言う顔をしているが黙れるはずがない。 「姉さんの子供はどうなったのですか?」  そこで思い出したのは、校長室で語られた他にも起きた殺人のことだ。 「姉さんの子供は腐れ玉にされたんだ」  呟いた俺は黙れと言う風に甲斐にぎゅっと頭をつかまれたが、甲斐が語った母が警察に駆け込んだ理由を思い出して、俺は再び声を上げていた。 「母さんじゃないですよね。母さんが、幾らなんでも、そんな事するはずが」 「高瀬だよ。俺たちはあぐりに請われて美奈を警護していたさ」  母と夕紀子が対峙したのは、母が俺から姿を消したその日だったという。  夕紀子は母に与えた薬の真実を母に突きつけて、母を完全に絶望に落とし込んだ。 「あの薬の作り方は簡単。長い長い針の注射器で死人の血を赤ん坊に入れるだけ。赤ん坊はあぐり姉さんを救う薬となる。この店もね。姉さんはラッキーよ。ちょうど良い赤ちゃんが近くにいるじゃない。ふふ。美奈子ちゃんに手助けしてもらいましょうよ」 「そんな薬はいらないわ」 「さすが、あぐり姉さんね。そうね、生まれて来てから殺して食べる方が効力は強いもの。ふふ、何十年分の効力を得る事が出来るのかしらね」  俺は背筋がぞっとしていた。  赤ん坊を殺して食べる? 「それで、だな、夕紀子の言葉に絶望したあぐりが身動き取れなくなったことを良い事に、夕紀子は顧客名簿をあぐりから奪って姿を消した。だからあぐりは俺達の所に来た。奪われた顧客名簿と客達に殺人を唆す夕紀子の危険性と、娘の赤ん坊の心配だ」  俺の店の役割がわかった。  鳥羽達への罠ではなく、夕紀子が唆した顧客を呼び寄せて死人化した客の寄りわけをしていたのだ。  ただの死人か人喰いに変わった死人か判断して、ただの死人はホスピスと呼ばれる死人専用の収容所に運び、ケアと言う名の人喰いのG判定で甲斐が地獄に運ぶのだ。 「そこまでは以前にも聞いた話ですが、義兄、高瀬がどこで関わるのですか?」 「高瀬はな、金をせびりにきて二人の会話を聞いていたんだよ。そして、それに気付いていた夕紀子に唆されてだな、薬を飲んだ顧客へ夕紀子の使いとなって薬の運び屋をしていたんだ。夕紀子は食人でのケアを教えておいてから、薬を高値で売りつけたんだよ。高瀬はあぐりが失踪するともっと金が欲しくなった。ありがちな胸糞悪い話だろ。高瀬は夕紀子の言うがままに妻の腹にいる我が子を殺したんだよ」  俺の頭を押さえつける手が緩んだのは、俺が泣いている事に甲斐が気づいたからだろう。  甲斐はいつものように俺の涙を指先でそっと拭った。  俺はその手を掴みその手の平に顔を埋めた。 「やっぱり、俺が姉さんの所に行っていれば、姉さんは」 「松井の言った通りになっただけだよ。お前が先に殺されて、その後に同じ事が起きたさ。あぐりも美奈子も、そして飯島もお前が生き甲斐なんだからさ、お前は生きていろ」  俺は甲斐に答えなかった。  温かい大きな手は俺に掴まれているそのままにしてくれていて、俺はどうしてかわからないがこの手に慰められていたかったからだ。
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