1人が本棚に入れています
本棚に追加
/49ページ
普通の関係の本当の意味の友達が欲しいんだよ
タイ料理屋で知った事は、山口は野菜が苦手という事だ。
なぜ野菜だらけのタイ料理屋を選んだのか、俺は少し理解に苦しんだ。
「甘いタレに付け込んでから焼いたこのタイの焼き鶏が好きなんだ。でもねえ、僕はこのパクチーってやつがね、臭くて苦手」
「ショウガも苦手でしょう。ネギも。実は色々な野菜が。大丈夫ですか?」
山口はくすくすっと笑い声を立てた。
「君はよく人を見ているし、優しいね。うん、大丈夫だよ。たまーに野菜を食べないと体が臭くなるって脅されたし、うん、平気」
恋人か家族の言葉なのかな、と俺はぼんやり考えた。
「子供にする脅しですね」
「ねえ。僕の大将がボスというよりお母さんだからかな。時々家に呼んでくれてね、ご飯を作ってくれるの。この間はデザートにパンプディングを焼いてくれたよ。初めて食べたけど、すっごく美味しかった」
警察の上司って部下にそんなことを言ってくれるものなの?
パンプディングも作ってくれるものなの?
俺は少々の衝撃を感じながら山口に聞き返していた。
「いいですね。俺も食べて見たいや、パンプティング。山口さんの上司さんはお母さんみたいな女の方なのですか?」
「いいや。三十代のお兄さん。俳優みたいにきれーな顔をしているのに、いっつもパグみたいな顔をしている変な人なの」
山口は眉根を寄せたどころか、ぎゅうっと顔の真ん中に皺を寄せた顔を作った。
「パグみたいです。その人はそんな顔をしているのですか!」
彼はハハハと笑って顔を元通りにすると、彼らしい笑顔を俺に向けた。
彼らしい、というのも妙だが、人の気をよくさせるために浮かべた笑顔というか、彼の笑顔にはそんな風に思ってしまうのだ。
「顔じゅうに皺を寄せなきゃならないくらいに辛いのに、彼は悲しい世界に立っている。うちのボスはあの甲斐さんみたいだね」
俺の手から箸がぽろっと一本落ちた。
「あの」
「うん。あの人もわざとなのかそうなっちゃったのか、顔に皺を寄せているね。辛くって歯を喰いしばっているみたいに。おやあ、ごめん。泣かないで」
山口は俺の頭をさらっと撫でた後に、箸を落としてしまった俺の手をそっと指先でなぞった。
ごめんね、という風にも取れる指先の動きだが、手の甲の中指の付け根から第二関節までをそっと撫でられたことで俺は性的に感じさせられていた。
びくっとなった俺は反射的に山口を見返す事となったのだが、彼はこれは意図した行為だよ、という風な笑顔を顔に作っていた。
「やまぐち、さん」
「淳平君と呼んで。僕も克哉君と呼びたい」
「ええと」
余裕そうな笑みはほんの少しだけ寂しそうな笑顔に変わり、それでも俺を気遣うような笑顔で俺に、ごめん、と言った。
「ごめん、て?」
「ええと、嫌だったかな。僕と友人になるのは。うん、僕は同性愛者だからね、振る舞いでそういうのが出ちゃうから、やっぱり嫌、かな? 君と普通のお友達になりたいだけなんだけど、それも嫌かな?」
「嫌じゃないです」
俺はそう即答していた。
友達を全部失っていた自分だ。
そして、彼の何気ないが俺をドキッとさせる振る舞いが最初から同性愛者だったからだと告白されれば、その自分の振る舞いに悩んでいるらしき事も窺えるのであれば、自分には恋愛感情は無いと明言している人を拒絶する理由など無い。
さらに言えば、俺が甲斐に抱いてしまった執着心について、友人となった同性愛者の彼ならば相談相手になってくれるのでは無いのか、そんな打算も俺の中にはあったのである。何度も言うが、俺は姑息な人間だ。
そんな俺の心のうちなど知らないだろう山口は、晴れ晴れとした、それもなんだか小学生の子供に見えるぐらいにニカっと俺に笑って見せた。
「良かった。僕はね、君に出会って救われたって感じだよ。言えないでしょう。初めて相棒と普通の男同士のお友達になりたいと思ったのに、どうしたらいいのかわからないって。僕は人づきあいが下手だからね、男同士って言うと恋人か恋人じゃないかってカテゴリーしか無かったから、すっごく困っていたんだ」
「ええ! 人付き合いが下手なのですか? 山口さんが?」
山口はうふふと笑うと、自分のスマートフォンにある画像を僕に見せつけた。
その画像には、姿勢とスタイルがとても良くて、整っているが硬質的な輪郭にもみえるという爽やかそうな、紺色のスーツを着た美青年が写っていた。
「恋人?」
「もう! 克哉君たら。相棒って言ったでしょう。ドラマみたいにね、親友な相棒がいるって憧れないかな? 僕は同性愛者だけど、そういう感情の一切ない、本当の男同士の友情を彼と築きたいなって思うんだよ」
「やま、ええと淳平君が親友になりたいのはこの人だけですか?」
「もう! この人も、だよ。君は僕と親友になってくれた。そうでしょう?」
俺はこの人に誘拐されて良かったと、過去の出来事に感謝していた。
「もちろんです! 俺こそあなたの親友になりたいです」
俺と山口、ええと、淳平は、タイ料理屋を出たあとは真っ直ぐに帰らずにふらふらと余計な散策もしながら店に戻った。
親友と呼べる同性と肩を並べて歩くなんてと、俺は失った過去の一欠けらを取り戻せたような気持ちにもなっていたのだ。
淳平は物凄く楽しくて優しくて良い人だ。
最初のコメントを投稿しよう!