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性的な感覚を求めたその先は?
「俺は俺以外の奴に身を任せる奴は女でも男でも嫌なタイプだ。だから山口君に余計な性的な教育を受けないでほしい」
それって、俺以外の奴と付き合うな、って事だよね!
俺は嬉しい気持ちで俺の両腕を掴んで俺に言い聞かせてきた長身の男を見上げ、二週間ぶりに再会した彼がなんて魅力的なんだろうと再確認した。
出会った頃よりも血色がよく、目元は色白だからか紅をはたいたように仄かに色づいており、彫りの深い形の良い目元をさらに印象付けている。
頬骨が高いので少しごつっとした印象だが、尖った顎や太くない鼻梁のお陰で全体として見ればスマートに整った男性の顔だ。
しかし、やっぱり濃い。
だからか、全体を通してみると、甲斐はやっぱりアンタッチャブルな職種の方にしか見えない。
今日は刑事スーツと呼ばれる灰色のスーツ姿だから尚更だ。
「わかったか?」
俺は甲斐に素直に頭を上下させて見せて、彼の言葉を理解したことを示した。
彼はほうっと安堵の吐息を吐き出すと、疲れた、と言って俺のベッドに崩れ落ちるようにしてごろりと転がった。
「スーツが皺になりますよ。上だけでも脱ぎましょうよ」
「あ、ああ、すまないな」
甲斐から上着を脱がせてみれば、甲斐はネクタイも外してボタンもいくつか外してしまった。そしてそのまま再び俺のベッドにだらしなく転がっているが、彼が呼吸するたびに上下する彼の喉仏やはだけたシャツから覗く彼の鎖骨に、俺は目が離せなくなってしまった。
彼の喉仏や鎖骨を舐めたい、なんて思ってしまった自分にぞっとした。
「人間のね、体はどこもかしこも痛い。それは全身に神経がびっしりと張り巡らされているからだよ。そしてね、神経が沢山ある場所こそ感じるんだ。同じ触れ方でも、そわっとしてしまう。たとえば、膝に肘も触り方によってはね」
「ひゃふ!」
サイパンの海岸で、互いに水着姿であるのを良い事に、淳平は講義だと言って俺の体のあちこちを触って見せた。
俺は淳平に触られるたびに、ふわっとした感覚を得て、肘や膝までも性感帯になるのかと驚いた。
「僕は恋人だったら舐めちゃうね。性器そのものを舐めるよりもね、最初はこういった場所を舐めていく方が気持ちが高まっていいんだよ。うーん、舐める方の僕的にもそうかな。徐々に中心へ、性器そのものへと進む事でね、なんかそこまで許して貰えたって気持ちで盛り上がるの。さあ、薄い皮膚の場所、手首の内側もなかなかいいよ。舐め方も教えてあげようか?」
二本の指で淳平は俺の手首の内側をそろっと撫で、俺は尾てい骨のところがそれだけで電流が入ったようにビクンとした。
「そ、それはいいです!」
思い出した事で、俺の目は甲斐の手首に視線を動かしていた。
ところどころにタコがあったりでごつっとした大きな手は、俺の頬に何度も当てられた優しい手だ。その手の付け根となる手首には青い静脈が浮き出ていて、この血管の筋をなぞればいいんだよと、俺の頭の中で山口の声が囁く。
俺はベッドの横に座り込むと、まず、甲斐の右の手の平に自分の頬を乗せた。
ぷ、くすくすと、甲斐が笑い声を立てた事に気をよくした俺は、そっと顔を持ち上げると彼の手首をそっと舐めた、手の付け根から肘へと登っていくように。
「ふわあ!」
変な叫び声を上げて甲斐は上半身を勢いよく起こし、それから彼はぎっと俺を睨みつけた。俺はすぐに謝るべきかと声を出そうとしたが、彼は俺の襟首を持って自分の膝の上に俺を引っ張り上げてしまったのだ。
「お前な。山口に開発されていたか? どこまであいつとやっていたんだ?」
膝の上に乗せ上げられた俺は、悪い事をして尻を叩かれる子供のような体制でもある。いや、甲斐はそのつもりで自分の膝に俺を乗せたのか?
「え、ええと。何もしていませんよ! た、ただ、こうすると気持ちがいいよって、冗談風に膝とか撫でられただけで」
「どこで? どこで服を脱いだ! お前は基本長袖長ズボンの男だろう!」
「え、言ったじゃないですか。みんなでサイパンに行ったって!」
「あいつは警察官だろ! そんな思い立ったらサイパン行けんのかよ!」
「え、えっと、俺に会うために七日間休暇取ってきたからって。休暇も取ってきた人を残して行くのは物凄く可哀想じゃないですか。だから一緒に」
「奴はパスポートまで持って遊びに来ていたのかよ!」
「ちゃんと取りに一回相模原に戻りましたよ。水着も必要じゃないですか!」
バシン!
「うわ! お尻を叩きましたね!」
「お前、俺はお前を心配してお前をどうするか悩んでもいたというのに! お前は横恋慕君と楽しく青い海でイチャコラしてたってことか? おい!」
「イチャコラって何ですか! 友達です! 友達として恋バナとかするものでしょう! その流れで触り方を教えて貰っただけです。俺はだって、男の人を喜ばせるなんて考えたことも経験も今まで無かったのですから」
「女だっても無かっただろうが」
「ひどい!」
俺は甲斐の意地悪にぶちーんと切れて、甲斐に飛び掛かっていた。
飛び掛かって彼の顔を両手で掴み、キスを唇ではなく、彼が横になった時にしたかった、喉仏を舐める、を実行した。
驚いたのか甲斐は俺の動きを止めるどころか、俺の勢いによって上半身を再びベッドに沈ませた。
勝ったの?
では、次は鎖骨だ。
「きゃあ!」
俺は甲斐によって腿の裏側、尻の下を撫でられていた。
尻じゃないのに尻がきゅっと感じてしまった。
俺は自分の下になっている甲斐の顔を恐る恐る見返すと、甲斐はしてやったりの笑顔で俺を嗤っていた。
「ハハハ。俺は女の身体しか知らねぇが、女を撫でたやり方でも男の体も何とかできそうだな。お前は俺とやりたいのか? やるんだったら俺がやる方だからな。お前はちゃんと俺に喰われる覚悟は出来てんのかよ」
「ああ、そうか。最後までするってそういう事になるんだ!」
甲斐はぶはっと噴き出して笑い出した。
もう本当に大声で、だ。
俺はそれで今まで散々に燃え盛っていた勢いがしゅーんと下火となり、いや、消えて、俺は甲斐の上からすごすごと退散しようとした。
「え?」
俺は腕を掴まれて、そして、ああ、頭だって押さえつけられて、俺の唇は甲斐の唇によって塞がれてしまった。
俺の身体の奥は再び炎がぼっと燃えたが、それは先ほどとは違う炎だった。
胸の中がじんわりと温かくなる炎。
俺はこの人を愛しているのかな。
「甲斐さん」
「俺とお前はなんだか知らないが。いまんとこはさ、ゆっくり行こうや」
お道化た様な表情をして見せた後に彼は笑い、俺は険のない顔での甲斐の笑顔が初めて見れたのだと、それだけで物凄く達成感を感じていた。
甲斐は俺がいればそんなに苦しくは無い。
海の底には沈んでいない。
俺は幸福の中で、彼に「はい」と答えていた。
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