お礼参り

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お礼参り

 再びの休み。  俺はまず山口君に話しをつけなければと会いに行った。  ただし、相模原の奴の所轄に来てみれば、大きな豪邸の斜め向かいに面白みも無い警察署が申し訳なさそうに建ってるという情景だ。その島流れ署と呼ばれるにふさわしい佇まいを目の前にして、男を巡って彼を呼び出す事など出来るわけは無いだろうとようやく冷静になった。 「何をやってんだか、俺は。帰るか」  踵を返した所で外回り帰りらしき山口の姿を見つけ、しかし、仕事中の刑事に声を掛けるのはご法度であると俺は彼からすぐに視線を動かした。 「あ! 甲斐さんだ! お疲れさんでーす」  山口は素っ頓狂な刑事だった、そういえば。  彼は俺の方へと小走りでやってくると、俺に抱きつくなんてことまでした。 「会いたかったです! 会いに来てくださるなんて光栄ですよ! 警視庁の刑事さんがこんな県警で所轄の刑事でしかない僕に会いに来てくださるとは!」 「もう二度と来ねえよ。お前は本気で嫌な奴だな」  出会い頭に俺に嫌がらせが出来たからか、山口はふふと嬉しそうに笑い声を上げながら俺から簡単に剥がれてくれた。 「山さん」  山口に声をかけて来た紺色のスーツを着た男は、今は山口が仕事バージョンのその他大勢風に装っているが、装っていない煌びやかな山口が横に立っていても遜色も無いだろう程に格好の良い男だった。  姿勢も良く、真っ直ぐに俺を見つめてきたことから、彼はきっと山口と違って清廉潔白な男だろうと考えた。 「初めまして。警視庁で刑事をやっている甲斐と申します。先日身内が山口刑事の世話になりましたからね、そのご挨拶に参りました」 「初めまして。葉山と申します。これから休憩になりますし、山口はあなたの好きになさっていいですよ」 「あ、友君。酷い。僕がこの人にお礼参りされたらどうするのさ」 「いいねえ、サイパン。俺も休暇中だったのにさあ」  紺色スーツは思った程に清廉潔白でも無かったようだ。  彼はステップを上がって署内へと入って行った。  葉山刑事を見送る山口に俺も声をかけた。 「いいねえ、サイパン」  彼は俺に顔を向けることも無しに、俺に一言だけ言い捨てて相棒の後ろを追いかけていった。 「失恋しただけでしたけどね」  俺は俺達を引っ掻き回した王子様の後ろ姿を眺めながら、ありがとうよ、と彼の背中に向けて言っていた。  あの水戸井の事だ。  山口は落とそうとあいつを口説いているのに、あいつの口からは俺の名前しか出てこなかったのであろう。  俺は水戸井が馬鹿で良かったと笑いながら、恋敵になり損ねた男の働く職場を後にした。  せっかくの休みだ。  休みに水戸井といなくてどうする。
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