19.お前も同罪だ

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19.お前も同罪だ

 リリアーヌはどれほどの時間、マテオに暴行されていたのか。全身が痣だらけだった。  縛られていた手首は縄と擦れて皮膚が裂け、血が滲んでいる。  ローレンスは拳をきつく握りしめて心を落ち着かせると、自分も服を脱いでシャツと下履きだけになり、意識のないリリアーヌをそっと抱き抱えて浴槽にしゃがみ込んだ。  空いた片手で湯を掬い、そっと腫れ上がった顔の汚れを落としてやる。  手首の傷を洗おうとすると沁みて痛いのか、一瞬リリアーヌが微かに顔を歪めてうう、と呻き声を洩らしたが、意識は戻らないままだ。  素早く丁寧に全身を洗い終わるとローレンスは浴槽から立ち上がり、大きなタオルでリリアーヌを包んで体を拭いてやった。  そして洗濯して片付けてあった夜着を着せると、そのまままた抱き上げて浴室を出てそっと寝台に寝かせた。 「いいぞ、コンスタンティン、入ってくれ」 「おう」  部屋に入って来たコンスタンティンが寝台の隣に腰を下ろして、リリアーヌの血の気のない顔を静かに眺めた。 「こりゃ酷いな。どれだけ殴ったんだ……うわ」  そして夜着から覗く肩や胸元の痣に目を移すとやれやれと言った様子で首を振り、鞄から聴診器を取り出すと振り向いてローレンスに命じた。 「お前、邪魔だ。終わるまで外に出ててくれ」 「……分かった……あの、コンスタンティン、お前は医者だから……」 「何だ?」 「まさかとは思うが、相手は夫人の夫にあたる男だ……その……殴る以外に……無理やり……という可能性は……」 「黙れ、ローレンス。さあさっさと出て行け」  コンスタンティンはぴしゃりと言うと、ローレンスの向きを変えて扉の方へ押しやった。  それから半時ほど後、コンスタンティンがローレンスの執務室の扉をノックした。 「入ってくれ」  ローレンスは暖炉の前の肘掛け椅子に座り、傍らにウイスキーの入ったグラスを置いて、燃える炎をじっと見つめていた。 「俺も一杯貰うよ」  コンスタンティンが向かいに座り、デキャンタからグラスに注いだウイスキーを流し込むのを待って、ローレンスが尋ねた。 「どうだ?」 「ん?ああ、まあ、身体の傷はそう重症じゃない。主に打撲だな。二本ばかり肋骨をやられてるようだが、幸いヒビが入っただけで折れてはいなさそうだから、暫く安静にしていれば元に戻るだろう。それより心配なのは肺炎だ。この時期に数日間ずぶ濡れで地下室にいたのなら、相当体力が落ちている筈だ。今夜一晩は気をつける必要がある」 「そうか」  まだ何か訊きたそうなローレンスに根負けしてコンスタンティンは言った。 「お前が心配していたようなことはなかったみたいだ。……不幸中の幸いだな」  ローレンスはそれを聞くと、両手で顔を覆って椅子にがっくりと座り込んだ。 「まあしかし、女性にあれだけ暴力を振るうとは、男の風上にもおけん奴だね」 「あの下郎め……」  だがローレンスが顔を上げると、コンスタンティンが厳しい顔をしていた。静かではあるが、怒りを(たぎ)らせた声で問う。 「お前は彼女の亭主のことを責める資格があるのか?」 「何?」 「……お前、彼女に手を出しただろう」 「……なっ、何をいきなり?何の根拠があってそう言える?」  コンスタンティンはローレンスを真正面から見据えて答えた。 「とぼけるな。いくら非常事態とは言え、何もないのに男のお前がレディの服を脱がせて風呂に入れられるか。俺の目は誤魔化せん」 「いや、違うんだそれは。違う、そうではなくて、あれは、事故……」  思わず口走ってしまい、しまったという顔をしたが、もう遅かった。普段からは考えられないほど狼狽したローレンスを見て、コンスタンティンはあきれ返った顔になった。 「お前がそういう男だとは思いたくなかったよ」 「すまん……一度だけ、嫉妬に狂って自分が抑えきれなかった……」 「嫉妬?……お前、最低だな。お前も相当の下郎だよ。旦那と同罪、いやそれ以上じゃないのか。亭主とお前と二人で彼女を追い詰めたんだよ。俺はあの時お前にミイラ取りがミイラになるなと忠告したよな?あれはお前のためじゃなく、男の都合に振り回される夫人が気の毒だったからだが、お前には分からんかったのか。こうなる前にいくらでも方法はあっただろうに。ったく、どいつもこいつも」 「……」 「惚れたのか」 「……ああ」 「人妻だぞ?」 「別にどうこうなりたいなんて望んじゃいない。ただ……誰にも渡したくない。離したくない。彼女のことを思うと、胸が熱くなる。……許されないのは分かっているから、何度も手放そうと思った。でも、無理だ。あんな屑男のもとにいていい人間じゃないんだ、彼女は……一時(ひととき)だけでも、救ってやりたかっただけなんだ。罵られても蔑まれても、世界中を敵にしてもいい、彼女が欲しい。それが下衆だと言うのなら、俺は下郎で構わない!」  ローレンスの絞り出すような心の叫びを黙って聞いていたコンスタンティンは、長い沈黙の後、口を開いた。 「子供かよ」 「何とでも言え」 「お前の熱い気持ちは分かった。で、どうするんだ?」 「……今度こそ、守る。どんな手を使ってでも、彼女を自由にする」 「彼女の受けた傷は身体より心のほうが深いぞ。お前といると嫌でも思い出すだろう。恐怖を克服できないかもしれん。その時はどうするんだ?それでも無理に側に置くのか?」 「……その時は、俺は彼女の前から永久に去る。彼女が望む場所で、望むように生きていけるようにする、それが最優先だ」 「その覚悟はあるんだな?」 「ああ」  そこまで聞いたコンスタンティンの目がふっと優しくなり、仕方ないといった口調になった。 「分かった。まずは彼女が目覚めてからだ。今度こそ責任を果たせ」
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